- ナノ -
04
『私あんたみたいなやつ嫌い』

 私が言い放った言葉をあの男は困ったように笑って誤魔化した。そういうところも嫌い。
 嫌いになったきっかけなんていっぱいある。出会った頃は無茶なスケジュールを平気な顔して引き受けて、換装体を解いたら酷い熱を出していた。自己管理ができてない、それを先にやったのはあんたなのに、よく私へ凄んで脅せたものね。
 雑誌記者に嫌なことや失礼なことを聞かれても決して怒ったり憤ったりせず、丁寧な対応で返す。代わりに殴りかけた私を止めたぐらいだ。
 メディア露出が増えたのに、防衛任務が減ることはなくむしろ新人教育まで任されるなんて、彼らの時間をなんだと思っているのかと城戸さんへ直訴したこともあった。それなのにあの鳥の羽頭の男は、城戸さんに「できないのか?」と聞かれ「できます!」と笑顔で答えやがったのだ。お話にならない。
 私がガミガミと言うのを「わかった。なまえの意見も聞き入れるよ」と言って佐鳥くんや木虎ちゃんたち年下の仕事量を減らして自分へ上乗せしたのだ。
 自己犠牲も大概にしろと怒って「嫌いだ」と吐き捨てるようになった。私がどれだけ気遣ってもこの男には届かないのだ。

 おぼろげな意識の中、嵐山に背負われ家へ帰りついたのは覚えている。人が寝ている横で忙しなくうろうろとされては寝るに寝付けない。なんで自分を嫌っている人物にここまでするのか。
 トリガーオン二秒で自身を換装体にする私は、本部の、特に嵐山隊の前で素の自分など出したことないのに、なんで具合が悪い事に気付かれたのか。
ぎゅっと自分の手を握ると、あいつの手の感触を思い出す。私よりは冷えたあの男の手は氷でも触っていたのだろうか。
 痛みや不調はないが、未だぼんやりとした頭で、見いだせない答えを私は探している。

『そんなに俺のことが嫌いなら、なまえからこの手を離してくれないか?』

 またいつもみたいに困ったように笑った表情を浮かべていたあの男の気持ちが一つもわからない。たまには普通に笑いなさいよ。
 あの時握られていた手をどうしたのか、私は思い出せないでいた。



「具合はどうだ、なまえ」

「今何時だと思ってるの?」

 あれから二日後の、時刻は朝六時。こんな早朝にインターホンを鳴らされ、不機嫌な顔で玄関を開けて真っ先に苦情を言う。モニターで誰が来たのかは確認していたからわかってはいたが、出なくてしつこくインターホンを鳴らされても迷惑だと判断し扉は開けた。
 何しに来たの何をやってるの何がしたいの。私から浴びせらるいくつもの苦情を無視し、不用意に顔を覗きこんできたり、額に手を置いてきたりする礼儀知らずの手は丁重に払いのける。昨日しっかり休ませてもらったからか倦怠感はすっかり治まっている。

「コロの散歩、一緒に行こうと思って」

 嵐山の足元からふわふわの可愛い毛玉が顔を覗かせて、手を伸ばしかけてはっと息を飲んでしまう。だから嫌なのよ、この男! 私が可愛いものに弱いとわかって連れて来たに決まっている!

「コロがなまえと一緒に散歩行きたいって言うから」

「どう考えても言ってないでしょ」

「ワン!」

「な?」

 何が「な?」なのか。朝から犬とセットでどこまでも嫌味なほど清々しい男だ。今度根付さんに『嵐山准の朝』という企画提案しよう。ボーダーカレンダーか、トレーディングカードでも良いかもしれない。
 嵐山の羽織っていたジャージを肩にかけられ強引にも連れ出されてしまった。このジャージまだ着ていたのか。
 某メーカーと嵐山隊がタイアップさせてもらった時、嵐山に似合うからと買い取らせてもらったのは私がマネージャーを始めたばかり頃。あの時は卸したての匂いがしていたのに。今ではすっかり嵐山の匂いだ。

 なぜかリードを掴まされ公園までやって来たのだけど、まさか面倒だから私に散歩さているんじゃないでしょうね? そう思いもしたが、嵐山の住んでいる地区と私の住んでいるボーダー宿舎は離れたところにある。何時に起きてここまでやってきたのか、考えただけで頭が痛くなった。
 通り道にあったパン屋でいくつかのパンやサンドイッチとコーヒーを「昨日のお礼だから」と言って押し付けると嬉しそうに笑い食べ始める。だってこの調子なら、朝食も食べずにボーダーへやってきて仕事を始めるだろう。不健康極まりない。

「こっちは病み上がりなんですけど。本当になにしに来たの?」

「どうしても話がしたかったんだ」

「話なら電話なりメールで充分でしょ」

 昨夜、熱が少し落ち着いた頃に携帯を確認すれば、嵐山隊の四人からは心配のメッセージが送られてきていたし、嵐山からもスケジュールの変更点や『冷蔵庫にプリン入れといた』というメッセージが送られてきていた。これ以上私と何が話したいというのか。プリンの感想なら、美味しかったわ。
 人の少ない朝の公園。リードから解放してやってもコロは遠くへは行かずに付近を楽しそうに散策している。そこから視線を嵐山へ移すと、じっとこちらを見ていた。いつになく真剣な顔で。きっと防衛任務中になら見られるのだろうけど、あいにく私はもう防衛任務には参加できない。持っているトリガーにはいくつかの仕事着の換装体がセットされているだけ。
 いつもみたいに緩まない表情は心のざわめきを掻き立てた。


「俺はなまえの彼氏になりたい」


 その呟きはざわめきを途端に止ませ、いっさいを感じさせなくさせる。視覚も聴覚もリードの紐を弄んでる感触さえも消して、目の前にいる嵐山准という男だけを浮き彫りに見せる。

「な、なにいってるの……もう偽装の……」

「偽装じゃない。本当の≠ェいい」

 偽装ではない本当の彼氏って、どういうこと? 嵐山が私の彼氏になるって言っているの? 私こんなにも嵐山に酷いし冷たいのに?
 嵐山はふっと表情を和らげた。

「俺はなまえが思うほどピュアで何も考えてないような男じゃないぞ。とっても狡猾で、打算的なんだ。今回の件、最初は確かにストーカー被害に困っていた。でも偽装彼女の提案をまさかなまえからしてくれるなんて思わなくて……近付くためのチャンスだと思ったよ」

 嵐山から紡がれる言葉をひとつひとつ理解はしているのにどうして≠ニいう思いは消えない。

「なんでっ……私、あんたのこと、嫌いって」

「出会った頃から一生懸命でまっすぐで、思いやりがあるなまえのことがずっと好きだった。偽装なんて変な関係になってからは、自分が思っていた以上になまえを好きだと気付いたし、物足りないって思い始めたんだ」

 欲張りだろうと笑った嵐山の手が伸びてきて、私の指先を掴む。この手はやっぱり私の体温なんかより温かい。その熱が移るように自分の中の体温も上がって、心臓は急くように動き出す。


「好きなんだ、なまえ。もっと俺をちゃんと見てくれないか」


 嵐山は、掴んだ私の手を自分の唇へ持っていき、緩く弧を描いたそれを指先でなぞらせる。少しかさついた柔らかな唇にキスをされたみたいだと思った。





WT 壊した障壁は愛でできていた [ 04 ]