×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
03
「なまえ、ちょっと来てくれないか」

 有無を言わせずにその手を引っ張った。ここが本部のオフィス内で多くの目があり自分らしくない行動をとっているとわかっていても、これ以上もこれ以外の対応もできない。無理矢理にでも連れて行かなければ、彼女は適当な理由と猫を被った笑顔で「またあとで」と言うに決まっているから。
 周囲から「嵐山、ボーダー内だからってイチャつくなよ」とからかわれても今は否定する事さえしない。

「ちょっと、なによ? 人前でこういうのやめてくれない?」

「換装体」

「は?」

「換装体解いて」

 人通りの少ない通路で手を離し、詰め寄った。簡単に壁へ追い詰められたなまえは視線を逸らしながら「どうして」と逃げ道を探す。悪いが逃すつもりはない。じっと見下ろしていれば、観念したのか溜息を吐いた。

「なんでわかったの?」

「わからないわけないだろ。早く換装体を解け」

「っ、命令しないでよ」


「お願いだ、なまえ」


 命令がダメだと言うなら、頼むから。
 驚いた表情を見せた後、また顔を顰めて「トリガーオフ」と呟いた。彼女からこんな表情しか引き出せないなんて、どれだけ自分は不器用な男なのだろうか。でも今は一刻を争う。
 さっきまで着こなされていたオフカジュアルなスーツの換装体が解けると、モコモコとした部屋着姿が現れた。どうやら今日は本体を整える余裕さえなかったのだろう。がくりと力が抜け落ちるように彼女は壁伝いに座り込む。
 伸びた前髪を掻き分け、頬に額にと触れると鬱陶しそうに手を払われた。
 ばっちり施されていたメイクも全て綺麗にオフされているところを彼女は人に見られたがらない。普段仕事中は根付さんのお気に入り特権をフル活用して、オフィスレディーなトリオン体で過ごしているぐらいだ。

「やめて。人が弱ってんの見て満足した? もう良いでしょ?」

「いいわけないだろ!」

 思わず低く威嚇するような声が出てしまったが、今は謝らない。腰から抱えるように持ち上げ肩へ担ぎ、医務室へ急いだ。「降ろして」と暴れるのを無視して、今日なまえが予定していた木虎の取材同行を綾辻に変わってもらうよう連絡する。

「余計なことしないでよ! 私なら大丈夫だから!」

 換装体でなければまともに立ってもいられない状態でなにが大丈夫なのか。誰かこいつに換装体の使い方が間違っていると教えてやってほしい。
 しばらくすると抵抗もできなくなったのか大人しくなる。これだけ熱が出ているんだ、むしろ換装体だからとよくここまで持ちこたえていたものだと思う。

「いつからだ?」

「……昨日から」

「昨日、気付いてやれなくてすまない」

「あんたには関係ないでしょ」

 昨日の姿を思い出しても特に変わった様子は見られなかった。いつも通りの仕事をこなしていた。今日は午前中の打ち合わせ会議の時に、ぼうっと宙を見ていることがままあったから気付けただけで。これを言ってしまうと、仕事においてプライドの高いなまえは二度とそんな様子は見せなくなってしまうだろうから、絶対に言わない。


 医務室へ担ぎ入れると、勤務医によってすぐさま点滴を射されていた。それが終われば家へ連れて帰るよう言われて、踏み入れたことのないボーダー宿舎にある彼女の自室へ連れ帰る。
 点滴が効いて少しは楽になったのか、落ち着いた呼吸を繰り返しながら眠ってはいても、やはり体はまだ熱い。
 勝手に入ったことがバレたら、きっとまた烈火のごとく怒るだろうか。緊急事態だからしかたないことだけれど、彼女にこれ以上嫌われるのはなかなかに胸が痛い。管理人の人に手伝ってもらって部屋の鍵を開けてもらい、中に入った。

「わっ」

思わず声がでるほどには驚いた。部屋の棚へ所狭しと飾られた嵐山隊のグッズ。量産されているものから限定のものまで。俺への態度が厳しいだけで彼女が嵐山隊を好いてくれていることはわかっていたが、まさかこれほどまでとは。
 そっと寝かせたベッドの枕元には数量期間限定で販売された三十センチほどの自分の人形が飾られ、他のメンバーの小さな人形が添えられている。

(やばいな……)

 必死に保とうとしても緩んでしまう口元を手で押える。こんなことでどうしようもなく愛しく思えてしまうのだからしかたないのだ。
 嵐山隊のグッズ以外はほとんど何もないような部屋。案の定冷蔵庫にもまともなものは入っていない(それなのに嵐山隊がパッケージのお菓子は五つも入っていたのをこっそり笑った)。お粥なんて俺が作れるはずもなくて、ゼリー状の補助食品とスポーツ飲料、ちょっとお高いプリンを階下にあるコンビニでいくつか買っておき冷蔵庫へ入れておいた。
 こういう時は額に冷たいものを乗せてやるのがいいのかもしれないが、タオルを探そうにも人の家で、しかも女性の家だ。そんな勝手なことはできない。さっき冷蔵庫を開けた時に氷はあってもアイスノンになりそうなものもなかった。熱そうに火照った頬を見て思わず手が伸びる。

「……っあ、らしやま」

「起こしてしまったか? 具合はどうだ?」

「何やってんの、はやくかえりなさいよ」

 無理矢理体を起こそうとするのを制止すると、未だ息苦しそうにしている彼女から浴びせられるのは「風邪が移るから早く帰れ」を濁した暴言。意識が朦朧とするのか、手で目元を押えている。

「あんたが風邪ひいたら、こまるでしょ」

 冷たくするなら、いっそ嫌いになるほど酷くあしらってくれればいいのに。どこまでもこちらの心配をしているマネージャー体質の抜けきらないきみを俺は心配している。

「彼氏なんだ。心配するのは当然だろ」

 目元を覆っていたなまえの手を握った。ぴくりと一度反応はしても無理に振り払いはしてこない。


「……私はあんたの偽装彼女だけど、あんたは私の彼氏じゃない。そんなことする必要ないんだから」


 会話をするのも抵抗することさえも辛いのだろう。こちらを見ていた目を逸らしゆっくりと閉じた。
 彼女の体調不良には気付くことはできても、気持ちまではどうやったって推し量れない。なんで俺はこんなにも避けられているのだろう。ずっとずっと、好きでやまないのに。


「そんなに俺のことが嫌いなら、なまえからこの手を離してくれないか?」


彼女の手を自分の頬へ当てると高い体温が伝わる。熱のように俺の想いもなまえに伝わればいいのに、ちっとも簡単じゃない。





WT 壊した障壁は愛でできていた [ 03 ]