×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
02
「は? うちの嵐山に泥塗れになれと? 企画考え直してもらってもいいですかね?」

 私が低い声で言い放った言葉はテレビ局を震撼させたらしい。
 私は嵐山隊のメディア活動の責任の一端を根付さんから請け負わせてもらっている。これは嵐山隊のイメージ、ひいてはボーダーの一端のイメージでもある。無責任で適当なことはできない。
 あの嵐山がたじたじとして「俺ならだいじょうぶだから」と諌めるのも聞かず、「今回の件は下りさせて頂いたほうがよろしいようですね」とディレクター陣を脅した。
 結局泥を生クリームに変えさせ嵐山隊でのパイ投げ企画案に変更となったこの回は、ネットで「神回」と賞され、放送された時間帯の瞬間最高視聴率を記録。これは年越しの歌番組に匹敵するほどだったとか。
 ほら見ろ。
 私は嵐山准という男は嫌いだが、嵐山含む嵐山隊と今のテレビを見る世代たちがどういったものを求めているかわかっているんだから。嵐山という男の魅せ方も引き立て方も熟知済みだ。泥なんて薄汚いものではなく、白い生クリームのほうが嵐山から醸し出されている清廉なピュアさとマッチする。


「なまえさん」

 更新になったスケジュール表を渡そうと嵐山隊の作戦室へ行くと、時枝くんが一人でいた。時枝くんは、優しい顔で冷静沈着で、私にとてもよく懐いてくれているとっても良い子だ。

「お疲れ様、時枝くん。防衛任務の夜勤明けでしょう体調は大丈夫? 雑誌の取材、時間調整しようか?」

「ありがとうございます。おれは大丈夫ですよ。なまえさんこそ大丈夫ですか?」

 温和な笑みを浮かべて「いつもおれたちのために無理していませんか?」と心配してくれる彼に、ついつい可愛さ余って頭を撫でてしまう。彼の方が身長高いから少し背伸びをしてしまうけれど、撫でられている猫みたいな時枝くんへ「いいこだね〜」と思わず言葉までかけてしまうほど可愛い。私は嵐山隊で時枝くんをイチ推ししている。

「あ、時枝先輩いいなぁー! なまえさんに頭撫でてもらってるー!」

 作戦室の扉が開き、佐鳥くんとあの男が戻って来た。「オレもオレも〜」と寄ってくる佐鳥くんは良いとしても、……まったく。もうすぐ仕事の時間だというのにどこへ行っていたのか。

「賢が報告書を出しに行くのへ付き添っていたんだ」

「ああ、そう」

「……」

「……」

「……」

「撫でないわよ」

 何をそんなキラキラした目でこちらを見ているのか。右手で時枝くんを撫で、左手で佐鳥くんを撫でているのだから、あんたの入る隙なんてありません。時枝くんに「おれ、もういいですよ」なんて言わせて恥ずかしくないのか。頭下げたってあんたのその羽みたいにふよふよした頭なんて誰が撫でるか。

「なまえは充贔屓だ」

「嵐山隊を平等に愛してます。一人を除いて」

 更新になったスケジュール表を佐鳥くんへも手渡して、時枝くんに木虎ちゃんと綾辻ちゃんの分も渡してくれるようお願いしておいた。目の前で口を尖らせている男へは今朝がたのうちにメールで送ってあるから必要ない。

「あの、なまえさん。一応お二人は交際していることになっているので……」

「大丈夫。ここでだけよ。私がぬかるわけないでしょう」

 嵐山隊のみんなだけは私たちが偽装恋人だということを知っている。週刊誌に撮らせた写真を見て「え、なまえさん嵐山さんとこんなことできるんですか!?」と言わせたほどに自分が演技派だと自負さえしている。
 すべては根付さんと東さんに頼まれ、嵐山隊のためでもあるわけだから、決してこの男のためではない。




 あの日、嵐山は雰囲気の良いレストランをなどと言っていたが、ランチでお邪魔したことがあるイタリアンのお店に連れて来られた。やっぱり雰囲気の違うところは緊張するからとこの店をチョイスしたらしいが、それでも店内は夜仕様になっていて暖色系のライティングとお洒落なジャズが流れ、いつもくる時とは違った雰囲気。おかげで一つずつ運ばれてくるディナーは美味しいはずなのに、一つも味がわからないほど緊張した。それは嵐山もだったらしい。フォークを滑らせ、カチャンと食器の音を立てるところは些か嵐山らしくなかった。

「すまない、なんだか緊張してしまって」

「ううん。嵐山でもそんなことあるのね。お仕事忙しいからかな? ……それとも何か別のことを考えていたの?」

 最後に運ばれてきた食後のコーヒーに舌鼓を打ちながら、自画自賛できるほどの迫真の演技を披露。それからナイス会話のパス。それなのに嵐山ときたら、苦く笑ってスルーしやがった。まったくなにを考えているのか。セオリー通りにしてくれなくては困るのに。
 お互いのコーヒーカップの中は空っぽ。私の頭の中では自分から告白するというプランBを組み立てはじめていた。

「なまえ」

 この時の嵐山の表情はとても告白する男の顔ではなかった。まるで悪いことをして謝る時みたいに眉を下げ、困ったように表情だけで笑っていた。


「俺と付き合ってくれないか」


 「よろこんで」と答えるまでに、一瞬の間言葉に詰まった。だってなんだか、嵐山のその表情に私まで悪いことをしたみたいな気分になってしまったのだもの。
 もやもやと渦巻く感情を押し込めているうちに、そのまま予定通りに事は進み、翌日のメディアはすごい騒ぎとなった。渦中の私は宿舎施設の中にある本部までの連絡通路を通るからメディアに追い回されることもなく済むというところも根付さんと東さんの策。
 こんな些末事なんて余裕綽々だ。万が一押しかけてくるような過激派がいたとしても倍にしてやり返してやるんだから。そういう気分でさえいたのに、私への被害はこの後も一つもなかった。




 雑誌記者が待つ応接室へ向かう前に私が撫でて解してしまった二人の髪を整えてやると、横の男が裾を引っ張った。

「なまえ」

「あーもーっ!」

 椅子に座って順番待ちをする男の髪はなぜ撫でてもいないのに崩れているのか。換装体だから適当に払えば元通りになるとはいえ、ぐずられる時間が惜しくしかたなく櫛で梳かしてやる。仕事に遅れるわけにはいかず、二人には先に応接室へ向かってもらった。

「この間の番組すごく反響が良かったってディレクターさんに感謝された。近いうちにまた呼んでもらえるそうだ。きみのおかげだな」

「あんたねぇ……。忙しいのにこれ以上仕事増やしてどうすんの。そういう向こう見ずなとこホント嫌い」

 自分の功績を人へまで分けようとしてくれなくていい。私は自分の意にそぐわないことを反対しただけで、実際テレビに出て反響を呼ぶようなことをしたのは嵐山本人だ。私ではない。
 梳かし終えると、男が立ち上がるだけでふわりと髪は羽のように揺れる。セットされている時は大人しくしていたのに、こちらを覗き込む顔は口角を上げる。


「ずっとなまえに嫌いって言われる度傷ついていたんだが……今のは照れ隠しっぽく聞こえたな」


 突然何を言いだすんだ。照れ隠しですって? 私が、どうしてあんたに照れなきゃいけないのか。カッと顔が熱くなってしまって、これじゃあまるで本当に照れ隠しで嫌いと言っているみたいじゃないか。

「彼女に嫌い≠ニ言われるのは、これでも結構心に堪えるんだぞ」

「偽装彼女でしょ。それに今さら何言って……」

「なら、偽装でなかったら、嫌いって言うのをやめてくれるのか?」

 真剣な面持ちに変わってしまった。こちらを見つめる瞳が真っ直ぐすぎて、私は逃げるように横をすり抜ける。


「そんなこと、ありえないから」


 偽装じゃなかったら=H そんなことあるわけない。嵐山と偽装じゃない関係なんて絶対にありえるはずない。






WT 壊した障壁は愛でできていた [ 02 ]