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宝石をつまんだ指先
※大人になった二人の話


そうっと静かに施錠を外した。いつも通りセットされているなら、目覚ましアラームが鳴る三十分前のこと。空は白に青をちょびっとだけ足したような色味だった。
足音を立てないように気をつけて歩いたところで、もう起きてしまっているだろう。身動ぐ姿が見えたが構わずそばへ近寄った。

「ただいま」

「んおかえり」

寝起きの少し掠れた声の返答に「やっぱ起こしちまったか」とベッドのふちへ腰掛ける。
同じ屋根の下で暮らしてんだから、急いで帰る必要なんてない。むしろ夜出て早朝帰ってくる任務の日ぐらい本部でブラブラして少し遅めに帰る配慮ぐらいしたら良いのに、オレってばそうしねーの。

「あと三十分は寝れっから」

起きようとしている体をベッドに押し戻し、そそくさと上着と靴下だけ脱ぎ捨てて自分もその横へ入り込む。最初のうちは風呂も入ってないのにって抵抗されもしたが、今はゆるゆるとスペースを空けてくれるようになった。
温かな布団に入り込むと、伸びてきた手がさらに体温まで分け与えてくれる。これはこの世で一番狡い罠。絶対逃れらんねーよこんなの。抱きしめ返すとまたすり寄ってくるとことか、何年経っても可愛いとか思っちゃうわけ。
本気でオレまで寝ちゃうとなまえが遅刻すっから、微睡む姿をただ見てるだけなんだけど。これが好きで早い時間に帰ってきちまうんだよなー。時々一緒に寝ちゃって本気で怒られる時もあるけどなー。


しばらくうとうととしていたなまえも、あっという間にアラームの音が鳴り、眠たげな顔でジッとこちらを見つめてくる。記憶がおぼろげなのかもう一度「おかえり」と言われて笑って返した。しばらく腕の中で伸びたり縮んだりしながら起きようとしているが、どうにも眠いらしい。そりゃアラームの鳴る前に起こされて二度寝すりゃそうなるよな。
多少の罪悪感があるから、こういう日は毎回オレが先に起きてコーヒーを淹れてやる。いつもの粉のでも良いし、ドリップのを二人ではんぶんこして牛乳混ぜてカフェオレって手もある。それともたまにはミルクティーにしようか。
買って飲むほうが好きだったのに、いつしかこうして淹れるのも悪くなくなっているのは間違いなく同棲を始めてからだろうな。
沸騰した小鍋に茶葉を入れたら良い香りが部屋を満たしていく。

目は開いているものの未だにベッドから出てこようとしないなまえは何かお考えの様子。昔と変わらない癖はどうやら治らないらしい。そばへ寄り、ベッドの前で屈んで「起きろよ」と大して意味のない言葉をかけながら、頭を撫でてやった。

「陽介」

「ん?」

「怪我してない?」

「しねーよ」

界境防衛機関ボーダーに勤めるオレの仕事の内容をなまえは知っているようで知らされていない。戦闘はトリオン体だから生身が怪我するなんつーことは滅多ない。そんな当たり前の情報も一般人は知らされていないもんだから、どんだけ説明しても(曖昧な説明しかできねえからかもしんねえけど)時々こうして心配もされる。
なまえはようやく唇から指先を離し「ならいい」と微かに笑う。
そんな寝惚けた女の手を掴んで、その指先に唇を当てる。

「ね、キスしてもいー?」

「やだよ。寝起きだもん」

「いいじゃん。んなの気にしねぇって」

「やーだ」

「ちょっとだけ」

「ちょっとじゃ済まなくさせるくせに」

「それはなまえ次第」

「んー……ならあと十分寝かせてくれたら」

あんまりに焦らされるもんだから、ついその細い指先を噛んじゃう。痛いと言いながら笑って、また少しだけベッドにスペースを空けてくれる。ちょっとじゃ済まなくさせる気なのそっちじゃん。あと一時間で出社しなきゃなんねーのもそっちだからな。
啄むキスからだんだんと深く濃く。息を吸う間も与えたくないほど。
化粧と髪のセットにかかる時間が三十分で、朝飯食う時間が十五分で……うん。まぁ最速で十五分あればなんとかいけるんじゃない?その後いつも通りになまえが動けるかは別にして。
そう思いながら服に手をかけた時。

「……陽介、火止めた?」

「うお、やべ!」

そういえば牛乳足してから弱火にしたままなのを忘れていた。これは最悪が簡単に想像できる臭い。恨めしく上から退かないでいたが、そういうわけにもいかない。焦げてあがる煙に警報機が鳴って、駆け付ける警備員にお楽しみを邪魔されるのも面倒くさい。
つまんねーの。せっかくのミルクティーは焦がすし、朝食前の腹ごしらえもままならないとか。しかたなく起きあがり火を止めて焦げた鍋を流しへ突っ込み、代わりにケトルをセットした。
手間のかからない朝を迎える。

玄関先のスタンドミラーの前に立つなまえを見送る頃には、ぼんやりと眠気もやってきていた。

「今日は早く帰るから」

「あいよ。夕飯はオレ特製のチャーハンな!」

「ありがとう。じゃあいってきま――、そうだ」

言いかけて立ち止まったなまえは何を思ったか、こちらへ手を伸ばし人の唇を勝手にふにりと触ってくる。

「なーにぃ?キスの催促?」

「ううん、そーじゃなくて」

じゃあなんだというのか。首を傾げて見るとなまえは顔を赤くするばかりで。なになに?やましいことならオレにも共有してほしいんだけど。


「っか、かんせつちゅーの、前借り……?」


そりゃ恥ずかしいわ。顔も赤くなるし視線を背けたくもなるし、こっちもつられちまうわ。もー、勘弁してくんね?
大人色の口紅を奪うようにキスをして「いってらっしゃい」は口の中で。






WT short [ 宝石をつまんだ指先 ]