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指先でつまむ宝石
「これ教えて」

放課後の教室には私たち二人だけしか残っていなかった。夕焼けが差し込むにはまだ早い時間で、空は青い。二人だけだからといって、変に気まずい空気でもない凪いだ雰囲気だった。
ただし残っている理由は、宿題の未提出というなんとも情けないものだ。しかし言い訳するなら、私は昨日風邪で休んでいたから知らなかった、だ。いくら簡単な宿題だといっても、昨日の今日提出なんて酷すぎる。先生もそれを配慮してくれ、放課後中に提出すれば出したことにしてくれるとのことなので今足りない頭をフル回転させ必死。先生の嘘つき。ちっとも簡単じゃないじゃん。
ただ、目の前の彼は違った。聞けば昨日はボーダーの防衛任務?とかいうやつではなかったらしいし、普通に出席していたし普通にやって来なかったらしい。学年で下位争い組にいる私に言われたくないと思うけど、バカだなぁ。

そんなおバカ二人で残ることは実はこれが初めてではなくて、頻繁ではないにしてもテスト後などに二、三度重なれば仲間意識も湧くというもの。協力してさっさと終わらせようってなって今に至るわけ。

「よく宿題サボれるね。古典の先生怖いのに」

「別に怖かねーよ。しっかし、ボーダー隊員の宿題免除マジで検討して欲しいぜ」

「そんなのズルい。じゃあ私もボーダー入る」

「無理無理。みょうじはトリオン少なそうだし」

「トリオンって何?脳みその話?」

まじめに聞いたのに、ふはっと吹き出すように笑って「そーそー」と小バカにした態度。言っておくが、私より米屋のほうが成績悪いんだからな。この古文の訳も私が解かなきゃ、米屋は帰れないんだからな。

米屋が教えてと指した問題箇所は、答えがわからなくて私も躓いているところ。うーん、と唸りながら教科書をめくった。

「みょうじってさ、指、キレイだよな」

「うわ、米屋ってお世辞言えるんだ?ご機嫌取り?良いよもっと言ってくれて」

「マジマジ。細くて長ぇ」

「ピアノやってたから、まぁそうかもねー」

適当に返しながら教科書をめくる手は止められない。早く帰って昨日録画しておいたドラマが見たい。
お世辞を言うほど宿題に切羽詰まってるのか米屋。普段授業ちゃんと聞かずにぐーすか寝てるからだぞ。人のことは言えないけど。

「あと、それ。癖だよな」

「ん?」

癖、と言われ行動を止めて米屋を見る。自分は今どんなことを癖として、しているだろうか?

「手。唇に持ってくの。考えてる時とかよくそーしてる」

「え、そう?」

言われて初めて気付いたが、確かにそうかもしれない。自分の唇が柔らかいとかちょっとカサついてるとか思いながら手を離した。

「誰かとのキスでも思い出してんの?」

「は!?ば、な、何言ってんの!?そんなわけ」

「ないよなー。冗談じゃん。顔めっちゃ赤ぇーの」

「っ、決めつけないでよ。な、ないとも……言い切れないでしょ!?」

強がりだ。あるわけない。でも素直にないと言うのも癪だった。
男女という隔てなく接せられる相手だと思っていた米屋にそんな話題を振られて驚いている。いつもくだらない話しかしないのだから、慣れないことを聞かれて、変な指摘のされかたして、顔が赤くなってしまうのも当然だ。
熱い頬を冷ますべくパタパタと両手で仰いでいたら、さっきまで唇を弄っていた手を掴まれる。うわ、と声さえ出るのに抵抗は間に合わなかった。
指先に柔らかな感触が伝わる。自分のそれと同じくらいカサついていて、自分のより薄くて、柔らかで赤い唇。


「……ぜってぇねーじゃん」


悪戯な笑みを浮かべたままの米屋は、はくはくと口を開け閉めする私を嘲笑っている。
言い返さなきゃと思うのに、指先が自分の意思でなくわざとスライドさせられ、彼の唇を端から端まで堪能してしまい言葉も出ない。
最後にはご丁寧にリップ音まで立てて解放された。

「早く宿題片付けちまおーぜ」

「……ない」

「は?」

「それどころじゃない!!」

「古典の先生に怒られるより怖えーことでもあんの?」

相変わらずニヤリと笑って、わかっているくせに。古典の先生に怒られるより怖いことなんてないけど、それどころじゃない時もある。

「間接ちゅーも初めてだった、ってか?なまえチャン意外と初心〜」

「わー!わー!バカ!バカ米屋!」

「んな、テンパるなよ。それともオレのこと好きだった?」

楽しそうに笑っている米屋を強く睨み見た。いつも通りのだらしない笑みを浮かべている男の意図は読めないけど、きっとこれも冗談だろう。受け流すためには深く突っ込まないし否定も肯定もしない。

「ッバカ!!もう宿題も追試も一緒にやってやんない!!」

「それは困る!ちょっとした遊び心だって!悪かったって」

遊び心で弄ばれたなんて余計に腹が立つんですけど。バカに付き合ってた私がバカだった!こんな宿題適当に終わらせて早く帰ろう。
教科書を睨み見て問題の箇所をもう一度目で追った。


「チェ、ちょっとくらい脈アリかと思ったのに」


呟くようにこぼした言葉を拾うために顔を見上げるべきか。どくん、どくん、と体の中を巡るパイプを叩くみたいな音が響いていた。
ある意味今は脈アリだよ。大きくうるさく鳴ってるよ。
なんでそんなことしちゃうかな。言っちゃうかな。バカ拗らせたの?
何度も何度も言葉を目で追うのに一つも頭に入ってこない。入る隙間もないほどに今は、目の前へ座り肘をついてポケッとしている男のことを考えないように、考えていたから。

「…………あ」

「あーあ」

癖というのは怖いもので。指摘されたからといってすぐに治るものでもない。無意識のうちにやってしまうから癖。
自分の指先が触れている先のことを理解して、叫び出したい衝動を机に額をぶつけることでなんとか引き止めた。のに。


「みょうじも間接ちゅーじゃん」


楽しそうに笑う米屋に「バカ」と当たり前なことを呟く。
太陽はすっかり傾き、教室も含めて朱に染まる放課後だった。






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