- ナノ -
コンマゼロエー
好きです、と言ってから一ヶ月が経ってようやくオーケーがもらえた。オーケーと判断しても良いのか微妙な返事ではありましたが。

「お、っ、お俺も…………好き、になっても、いい」

かな?という語尾はギリギリのところで聞こえた。どうぞどうぞ。お願いします。私なんかで良ければ!
最初に告白した時は返事がもらえなくて焦った。でも、告白した時には辻くんが女子を苦手だと知っていたから、むしろ私、女子って認識してもらえた嬉しいぐらいに思って、ポジティブに少しずつアタックという名の偶然を装った接触を繰り返してきたわけだが。どうやら晴れて実ったらしい。
個人ランク戦のブースの隅っこ。辻くんに小さく手招きされて連れて来られたそこで、私は大きく頷いて「ありがとう」と笑った。

ひとまず連絡先を交換した。私は女子校で、辻くんは共学の進学校。登下校が一緒になることはないし、会える日はボーダー本部へ来る日ぐらい。と言っても、本部へ来る日っていうのは防衛任務があったり、個人戦に誘われていたりで、別に恋愛をしに来ているわけではない。
だからかもしれない。むしろ百パーセントそれが原因なのだけど。

「写真ないの?彼氏の写真」

「ない。あ、広報誌になら載ってるよ。ほら!かっこいいの!」

「かっこいいのは認めるけど、ツーショットが一枚もないんじゃあ付き合ってる証明にならないでしょ」

「付き合ってるよ!いつもおはようとおやすみ言ってるし!」

「見せて…………うわ、あんたこれマジでおはようとおやすみしか言ってないじゃん」

付き合って三ヶ月。現状これです。
おはようとおやすみ以外にも、「任務頑張ってね」とか「今日のランク戦頑張ってね」「ありがとう」という会話ぐらいはしている。縦画面に並ぶ私たちの会話文は二行になるようなものはない。
付き合ってるとは言えないと友人たちに言われる始末です。
女子校育ちの私に、彼氏という存在ができたのは辻くんが初めて。周りの友人たちが日々恋愛話に花を咲かせている中、学業とボーダーのことで手一杯すぎたのが一年生の時。完全に出遅れました。気が付けば周囲の友人たちはAやBに留まらず、CやDやすっ飛んでGなんて展開の子たちもいる。生々しい実体験を聴かされるから、私の恋路は遅くなるばかりなのだ、とは言っていられない。
本気出さなきゃと思った時に出会ったのが辻くんだったわけです。



出会いは防衛任務の混成チーム。私はいつも自隊のチームで任務へ出るのだけど、その日は人手が足りないからという理由で上の人から声をかけられ、断ることもできなくて混成チームへ入った。本当に渋々。
何度も言うが女子校育ちの私にとって男子への人見知り度は正直結構あって、ガッチガチに緊張してしまい、この日まともな連携が取れないなどのミスをしてしまった……。

「「ゴメンナサイ」」

しかしそれは私だけに限らず。私の隣には黒スーツを着ていることで有名な二宮隊の攻撃手の男子が項垂れ気味で座っている。こんな私たちは混成チームのリーダーだった風間さんを前に、正座でひとまず謝罪を述べた。

「みょうじ、今日の反省点を言ってみろ」

「あ、あの、えと……報連相ができず、か、か勝手に突っ走りました」

「辻は」

「……」

「おい、辻!」

「固まってますね……。あんたらそれでもB級上位かよ」

今回の混成チームの狙撃手として大活躍だった三輪隊の奈良坂くんはソファーでゆっくりとくつろぎながらの小言。
私と辻くんはお互いに連携が取れず、というか会話さえできず、今回の任務でほとんど役に立たなかった。攻撃手と銃手という素晴らしい組み合わせだったにも関わらずだ。私に至っては風間さんとも上手く連携できなかったけれど。辻くんも私が近くにいると行動を停止させていたし、風間さんも奈良坂くんも始終フォローへ回るハメになっていた。
苛々とさせていることはわかっているが、なにしろ男女比が三対一という状況で私は手汗びっしょり。風間さんに三十分近く説教されたが治まることはなく、むしろ「男社会怖い……」という畏怖まで抱かせるほど。
私たちは報告書という名の反省文をその後書かされるわけだが、何もこの空間でなくてもよくないか?自隊の隊室に戻ることも食堂へ行くことも許されず、「少しは人間らしく振る舞え」と謎の悪口まで言われて、混成チームの部屋で書かされている。風間さんには私が何に見えているのだろうか。

「……」

「……」

二人残されても、当然お互いに無言が続く。この時、私は辻くんが女性が苦手だということを知らなかったから、てっきり巻き添え食らって怒っているのかと思っていた。報告書へ綴る言葉を考えながら、ちらちらと彼へ視線を向けて謝るタイミングを探すが、そんなタイミング一切来ない。わざとらしい私の視線へ気付いているはずなのに、ちっとも辻くんはこちらを見ようとはしなかったから。

「っあ、あの、ご、ごごごごめんなさいっ!」

気付いてもらえなくても、謝らなくていい理由にはならないと考えた私は結局全力で頭を下げた。緊張して迷惑かけたこと、風間さんに怒られたこと、たくさん理由を並べてごめんなさいをもう一度。

「私、中・高が女子校で……その、男の人とあんまり話したことなくて、どうコミュニケーション取っていいかわからなくて。ごめんなさい」

ゆっくりと相手を伺うように頭を上げたら、辻くんは少しだけ目を見開いてこちらを見ていた。それもすぐに逸らされて「こっちこそ」と「ごめんなさい」を小さな声で言っていたと思う。

「お、俺も、女子が……に、苦手で……」

「そっ、そうなんですか!ごめんなさい、私床で書くね、離れるね!どのくらい距離開ける?あっちの床で大丈夫ですか?」

「ひゃ、いっ……だ、そ、だ…………だい、じょうぶだから」

立ち上がりかけた私の袖口をつまむようにして引き留めた。辻くんの顔が赤いが、私の顔も間違いなく赤くなっていっている。
っだ、男子に袖口握られた……!



なんというか、その感動が恋のスタート。
それからは辻くんが出てるボーダー内の社内報探したり、ログみたり、個人戦してたらこっそり観戦したり。片想いを満喫して、それだけじゃいられなくて、可愛くなる努力したり、話しかける努力したり、逃げられてもへこたれないよう心を鍛えてみたり、とそれとなく努力してきた。
付き合うまでの努力は友人に聞いたり少女漫画で学んだそれで良いかも知れないけれど、付き合ってからの努力というのが難しい。だって付き合ったことないから、まるっきり何をして良いのかわからないのだ。
学校違うから一緒にも帰れないし、ボーダーだから土日も割と忙しいし。空き時間が全くないわけではないけれど、毎日のメッセージのやり取り以外は何をして良いのかわからなかったし、辻くんからも率先してお誘いがあるわけではない。結局私たちの関係は付き合う前と代わり映えしない。
しかし友人たちは酷だ。

「付き合ってて楽しい?」

なんて言うのだ。その言葉でさっきまでは何にも思っていなかった二人の関係について、私の中で音を立てて崩れていく気がした。
友人たちは“付き合う”の楽しいを知っている。私は知らない。友人たちは“付き合う”でどんなことをすれば良いか知っている。私は知らない。
私はまるで背後から迫りくる恐怖から逃げるような気持ちで、ボーダー帰りの辻くんを捕まえた。

「つ、……っつじくん!」

「あ、」

どうしよう、と思ったのは声をかけた後。彼の横には二宮隊の人達がいた。辻くんと一緒になって振り向く三人に思わず一歩ずつ後退していく。

「やるねぇ辻く〜ん」

「ち、ちが……!そんなんじゃ……ない、です!」

「良いって。ゆっくりしてきなよ。ね、二宮さん」

「好きにしろ」

「っす、すぐ、追いかけます……!」

完全に声をかけるタイミングを間違えた。彼らはこれから自隊でどこかへでかけるところだったのだろう。邪魔をしてごめんなさい、とすぐに頭を下げれば辻くんは真っ赤に顔を染めて「ご飯、行くだけ」と手を横に振る。
声をかけた理由は一緒に帰りたいとかデートしようと誘うためとかそんなことだったのだけど、言えそうにないことを悟った私は言葉に詰まり、無言の空間を作り出していた。

「か、かえらない、の?」

「あ、うん、帰ります。帰るんだけど……」

「…………何か、用だった?」

一度だけ視線を向ければ、彼のそれと合ったのだけどすぐに逸らされる。もう一度、今日はタイミングじゃないと思い知り苦く笑った。

「ごめんね。辻くんが見えたので、思わず声をかけちゃった」

「そう、なの?」

「うん。みんなでご飯、楽しんできてね」

こういう時どう接するのが良いのかなんて友人は教えてくれないし少女漫画にも描かれていない。正解がわからないまま「またね」と手を振ってみる。視線を足元へ向けたままの辻くんには見えてないかもしれない。

「っあ、あの……みょうじさん」

「は、はいっ!」

「あの、っそ、その……こ、こえ、かけてくれて」

ありがとうはとても小さくて、後を通り過ぎて行った隊員の話し声にさえ掻き消されるほどだったけれど、私には届いていた。真っ赤に熟れたトマトのような私たちを見た人たちはきっと指さして笑うんじゃないかな。
でもこれが私たちの精一杯で。辻くんもそうなのだとわかったら、途端に私の胸の中は焦りとか不安とか消えて、温かく満たされていく。一方的な好きを受け入れてもらえていることに、幸せだと実感する。
嬉しくて思わずとろけるように笑ってしまっていた。

「あ、あのね……周りに言われて、一緒に帰りたいとかデートしたいとか……か、カレカノっぽいことしたいって、勝手に焦ってたの。でも、私ってば未だに話しかけるだけで緊張していっぱいいっぱいだから。あ、あ呆れないで、ほしいなぁ……とか言ってみたりして」

辻くんの目が一度だけ瞬く。目があっただけで私たちの仲では一歩前進。今日はたくさん会話しているから二歩ぐらい前進。
今度こそ「またね」だと思ったのに辻くんはぎゅっと自分の服を掴んで下唇を噛みしめていた。何事かわからなくて、彼の言葉を待つ間は再び無言が続く。今はそれに焦りはない。

「みょうじさんっ、……手、出して、くれる?」

「こう?」

「っあ、あげる!」

彼のポケットから取り出され、ころんと手に落ちてきたのはミルキィキャンディ。可愛い包みで人気のよく見知ったもの。
すぐにありがとうと言おうと思ったのに。私の指先を彼の指先がつまむ。ちょっとの力でそれは掴むにも握るにも変わって。


「ちゃ、ちゃんと……俺、みょうじさんのこと、すきになってる、から」


指先に残る熱は取り残されたキャンディを溶かしてしまったんじゃないだろうか。
一瞬で離れて行った指先を視線で追いながら、「じゃあまた」と言う辻くんの言葉を耳で聞く。遅れてされたこと、言われたことを理解して。辻くんの手、男の子の手だった、なんてよく知りもしない感想が漏れる。
こんなトマトみたいな私を一人残してしまうなんて辻くんひどい。でもきっと留まられていても困っていた。はっ、と息を吐いた時には今まで呼吸を止めていたんじゃないかって思うほど苦しくて、吸い込めば体中にキャンディを溶かす熱が広がっていくような気がした。







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