- ナノ -
当てにならない口約束
出久の個性が消えた日。それはあのオールマイトに次ぐ、ヒーローの物語にハッピーエンドが訪れた日だった。
世間が取り戻した平和は一時的なものにすぎないと、経験値を得た人々はもうわかっている。きっとまた少しの終息の間を開けるとヴィランが登場する。それはきっと永遠に変わらないけれど、ヒーローが勝利する未来も永遠に変えてはいけないと、出久はその身をもって伝えた。出久の成したことは多くの人に心へ刻まれた出来事。

言葉にするとすごくカッコイイエンドロールだけれど、その裏側にいた私には悲劇以外の何ものでもない。私はヒーロー側の人間だがこの時ばかりは世間の歓喜とともに喜べなかった。
出久はヴィランに大勝利を収めたけれど、その日を境に半年も目を開けなかった。

「っいず、く」

「デクが勝ったんだろうが。なんで泣いとんだ」

「うるさい!ばくごーくんあっちいけ!」

「アァッ!?」

目を覚まさない出久の見舞いへ来る高校時代の学友は、ベッドサイドに伏せる私へ「いつか起きるから元気出せ」と声をかけていく。毎日毎日目を覚まさない出久をみて、本当はみんなそんなこと思ってないくせに。同情しているってわかっているからそんな言葉に効力なんてないもん。
飲まず食わずで出久のそばから離れない私を見かねたお茶子ちゃんが心操くんを連れてきて操られ無理矢理食事を摂らされた時には憤慨もした。

「なまえちゃんまで憔悴して倒れるなんて許さんよ!」

「だって、いずくがぁ」

「だってやない!」

出久の意思は私たちみんなに引き継がれた。ヴィランを決して許すことなく、みんながヒーローであり続けるように。
いいよ。わかった。みんなそうしてよ。でも私には無理だ。無理なの。出久がいなければ私の世界は永遠に涙の海とヴィラン支配下。

「緑谷。お前、ひとり救えてねぇぞ」

私がトイレへ行っていた隙にやって来ていた轟くんの呟きを聞いてしまった私はまた涙が止まらなくなる。
そうだよ、出久。救えてない。あなたが太陽のように笑って言ってくれていた“大事な人”を救えてないよ。半年も涙が止まらないよ。いつまで泣けばいいの?

こちらの都合なんておかまいなし。その日の夜、出久は目を覚ました。
まさか私の居ない時間に。信じられない。朝一番で駆けつけた私を見て出久は「ひどい顔」って笑うんだから、そっちのほうが酷いわよ。

私の中で長い長いエンドロールがようやく終わったような気がした。





半年も寝たきりだった出久だけどリハビリの末、目覚めてからひと月ほどで退院できた。怪我の治りも良好で日常生活には支障をきたさない程度には復活を遂げた。日常生活には。医者は出久にとって残酷な事実を告げる。
個性の消失。
彼にとってはこの言葉はとても心に負担のかかるものだったはずなのに、努力しなきゃって思わせる言葉だったはずなのに。出久は「しかたないね」って笑った。私が居るからとか強がりで言っているのではなく、本当にしかたないって思っているみたいに。寝ていた半年の間に一人で大人になっちゃって、こっちはやってらんないわよ。

「ごめん。僕、もうなまえのこと守れないかもしれないね」

二人になった時、出久は途端に表情を真剣なものへ変えた。
これが別れの言葉なら、こんなにも強く抱き締めたりはしないだろう。バカだなぁ出久は。考えが見え見えだよ。

「それでも、精一杯頑張るから」

そうだね。出久に頑張ってほしいことはたくさんあるよ。私のご機嫌取りとか、一緒にデートにいくとか、一緒にお風呂入るとか。個性なんて使わなくてもできることはいっぱいあるよ。

「出久」

「それで……」

「いずく!」

「え、ん?今、ちょっと大事なこと言おうと」

頬を染めて困ったように斜め上を見る彼の両頬を引っ掴んでこちらを向かせた。

「これからは、私のそばにいることに命かけてよ」

額と額が合わされば、出久のほうが熱い。でもそれもすぐに溶け合う。
守って欲しいなんて思ってないよ。だってもし出久が目覚めなかったら私は一緒に永眠するつもりだった。そう言うと怖い顔して「そんなことしちゃダメ。これからも絶対」なんて約束をキスで結ばされたって、悪いけど口だけだから。
私は出久に守られたいわけじゃないの。わかってよ。その隠し持っている指輪に誓ってよ。

「うん。ずっとなまえのそばにいる」




日本では生活し辛いだろうという配慮から、私たちは海外へ移住した。ヒーローデクは有名人すぎる。個性消失したってそれは変わらない。ナンバーワンヒーローが爆豪くんや轟くんで行ったり来たりしてても変わらない。永久欠番みたいなもの。
だから、私が独占するために海外移住を決めた。出久が目の前の人を助けたいなんて言わなくて済むように。どうにもならないことを、どうにかしようとしなくて済むように。
出久の良い所を潰そうとする私はなんて酷い女なのだろうね。
朝のベッドで彼に抱き寄せられながらぼんやりとそんなことを考えていたなんて悟られないように、幸せな顔で笑うの。だって幸せだから。
高校時代よりももっと傷跡だらけになってしまったけれど、それ以上に精悍で逞しくなった彼の体に私も腕を回すの。愛おしさが溢れていっそ寂しくもなるから。

「朝の散歩いこっか?」

運動ならベッドの上でもできますけど。とはいくら私の口からでも言えなくて、近所の公園でランニングをする出久に嫌な顔して付き合ってあげる。手を繋いで引っ張ってくれても、一緒になんて走れないからね。

朗らかな日差しの公園のベンチはパン屋で買ったバケットサンドを買って食べるにはぴったり。大きな口を開けて食べている出久にアイスコーヒーを差し出すと「ありがと」と微笑んでくれる。
何事もない日々が増える度に、この辺りはとてものどかで新聞で見るような喧騒は忘れてしまいがちになっていたし、出久の良くも悪くもある所を失念していた。

「He-----------lp!!」

すぐそばの道路で車たちが急ブレーキを踏む音。続く爆発音。黒い煙が上がれば遠くからでも何かあったことは一目瞭然。

「出久、ダメだよ!」

「……っごめん!」

ダメ。ダメなの。ダメなんだ。
私がどんなに引きとめても聞かない。その身を案じても、私を引き替えにしても、泣いたって何したって、こうなった出久には届かない。
だって出久はヒーローデクだから。
大きな瞳に宿る真っ直ぐな感情は、私にとってはいっそヴィラン。個性が消失してもそれは変わらないのよね。知ってた。だから海外に越してきたというのに。

「おいて、いかないで……」

「大丈夫。絶対戻ってくるよ、なまえ」

震える私を安心させるように強く抱き締め、優しく笑って。「もう半年も泣かせたりしないから」これはどの口が言っているの?キスしてくれても、こんなの口約束だって知っているんだから。
無個性なんて言っているけれど、あなたには「私のいうことを聞かない」個性がずっと昔から備わっている。この個性が消失してくれれば良かったのに。
強く抱き締められた分、離れていく時が寂しいって知ってるの?

「いってらっしゃい」

それでも私はこの手の力を緩めて出久を送り出す。
だって私が恋をして好きになって、心をかけてそばにいたいと思ったのは、そんな消えない個性を持った出久だから。

お願い、無事でいて。そう願うのは、トップヒーローだったデクの妻になった女のお話。





MHA short [ 当てにならない口約束 ]