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不安を消し去る荒療治
火曜日のお昼休み、男子と談笑している彼氏の元へ行き「ポカリ」とあだ名で呼んだ。振り向いたのは彼氏だけでなくボーダー仲間の男子たちも。さっきの授業聞いてなかったって内容なのは少し遠くからでも聞こえていた。

「ああ、今日は火曜だったな」

まるで今思い出したかのような顔して。ちょっと傷つきましたけど。

「うぜー。毎週火曜の昼休みなんてまどろっこしいことしてねえで、いっつも一緒に飯食えばいいじゃねえか」

そしたら人見知りの真骨頂みたいな存在のカゲくんと村上くんが一人分友達が減って可哀想じゃない。こっちも気を使ってあげてるのよ。とは言わない。言わないけれど、もう少し彼女の私に時間を割いてくれてもいいじゃないかとは思っている。詳しくは知らないけど一生懸命に命を張って頑張っていることは世間の周知なのだから、言い出せるわけなかった。そんなわがままな女にはなれない。
私には学校での時間しかない。デートだって月に一度行けるか行けないかは、ボーダーでのお仕事の予定次第。一週間のうち火曜のお昼を一緒に食べることぐらい楽しみにしていたって、バチは当たらないと思う。

「さみしそうだな」

お弁当を取りに行った篤の背中を見送る私を、カゲくんと村上くんがらしくない表情でこちらを見ていた。机へ肘ついてニヤニヤと面白いものでも見るような視線。
村上くんに「さみしそう」と言われるなんて、自分がどんな顔をしていたのかと、思わず口元へ手を持っていくがそれさえも彼らにはおかしかったらしい。

「わっかりやす。お前の考えてることなんざ刺さんねえでもわかるわ」

「そうだな。今のは俺でもわかった」

「別にそんなんじゃないですー」

「せいぜい物わかりの良い彼女面してろ。お前らが揉めてんの面白えから」

「揉めるわけないだろ。ひがむなよ、独り身」

後から手を掴まれ、言い返そうかと睨んだ私を引きとめる。どこから聞かれていたのか。みなまで聞かれていたわけではないと思うが、私が“さみしい”と思っていると知られるのはちょっと困る。
手、掴まれた……温かい、大きい、なんて感動していたのに、すぐに離されてしまったのを視線で確認してもどかしい。
「行くぞ」と背を向けた篤は、目敏いカゲくんが私の反応を見てまたニヤニヤと笑っていたことを気付かなかっただろう。



天気もいいし風も強くないからという理由で、賑わう屋上の一角に二人で並んで座る。
お母さんに火曜日のお弁当には毎回鶏肉を入れてと頼んでいる。だから毎週火曜日のお弁当のメインは、唐揚げだったり、ソテーだったり。今日はチキンフライにタルタルソースがかかったのが入っている。

「お、美味そうじゃん」

「昨日お母さんと一緒に作ったの。はい、食べてみて」

「いいのか?なくなるだろ、なまえの食うものが」

「いいよ。その代わり、トマトちょうだい」

彼の少なくなったお弁当箱の中へぽいっとチキンフライの一番大きな一切れを入れて、トマトを攫っていく。いいに決まってるじゃん。だって篤のために昨日頑張って手伝ったんだし、こうして交換したいからいつも火曜は鶏肉の入ったお弁当にしている。
美味いと笑ってくれるのをしっかりと見てから、昨日のパン粉塗れの自分を心の中でたくさん褒めてあげた。

自分でもチキンフライを咀嚼しながら先ほどのカゲくんの言葉を思い出す。物わかりの良い彼女面しているつもりはないけれど、我慢しているところは確かにある。でもそれは自分で好きでしていることで、付き合うってこんなもんじゃないのかな。
こんなことを友人に相談した時に、「彼氏が部活にまじめすぎる」とか「親が交際に厳しすぎて」とかみんなそれぞれ我慢しているということを学んだ。だから自分だけ彼氏に会えないと嘆くつもりはない。

「美味いだろ、それ」

「え?あ、うん。でも昨日の揚げたてのほうが美味しかったなぁ」

ぼんやりしていて篤がこちらを見ていることに気付かなかった。でも大した質問ではなかったら、不自然さなく答えられたことに一安心。そんなに気に入ってくれたならよかったよ。
他愛もない会話をしながら、小さな不満は隅っこへ寄せておく。

「そういえば篤って手大きいね。さっきちょっと感動した」

「そうか?こんなもんだろ、男子の手なんて」

手早くお弁当を片付けてしまう彼を見て、箸が進んでいなかったことを思い出す。急いでさっき篤からもらったトマトだけ口に入れた。

「っう、しまった……口内炎ができてたんだった」

酸味が下唇をチクリと刺激する。染みるような痛みに顔を顰めてお弁当の蓋を閉じた。今日はもう食べられそうもない。

「え、さっきのくれよ、食わないなら」

「そんなに美味しかった?」

うん、と言いながら口を空けて待つ彼に思考も行動も停止。なんなら痛みだって吹っ飛ぶ。そりゃもう篤は片付けちゃったもんね。「私の箸でいいの?」なんて確認は二人の関係を思えば今さら過ぎる。
少しだけ視線を泳がせて、周囲の目がこちらにばかり集中しているわけではないことを確認してから、急いでチキンフライを箸で掴む。あれ、こんなに滑りやすかったっけ?
もたもたしていると横から伸びてきた手が、私の手ごと箸を掴んだ。そのまま寄ってきた彼の口の中へチキンフライは放り込まれた。

「あ、やっぱ大きいわ。俺の手」

包み込むように私の手を掴んでいる自分のをみて表情を崩す。どきどきと心臓が鳴らないわけがない。ひょいひょいと残ったおにぎりやおかずも口へ放り込んでもまだ離されなかった。

「ああああつしっ、ちょっと」

「気付かなかった。手とかあんま繋がねえもんな、なまえと」

力が入らなくなった指先から一本だけ箸が落ちていき、ようやく離れる。まだ篤の体温が残っていて温かい。ベッドの中であれこれするのと同じくらい緊張と恥ずかしさと照れが入り混じる。
それからの他愛もない会話も身に入らないほど適当な返事をしていた。

始業前のチャイムが鳴る頃にはほとんどの人たちが教室へと戻っていた。自分たちも戻ろうか、と屋上を出る。屋上へ続く扉を閉めてしまえば、続く下り階段は薄暗くなる。ゆっくりと彼へ続きながら階段に足を延ばした。

「なまえ」

目が慣れきらないうちに、こちらへと振り返る篤におどろいた。
私の指先を、先ほど大きいと改めて感じたばかりの手が絡め取る。ごつごつとした指と指との間に自分の指が挟まれる。
顔を上げなくても視線を向けるだけで同じ高さにあった篤の瞳。細さを増したような気がしたけれど、近すぎてわからなくなった。

「んっ……」

触れるだけかと思っていたのに、思っていた以上に強い力で押しつけられて隙間が開いていた。そこから入り込むぬるりとしたものは、舌を追いかけ回すのでなく、いつ人が来てもおかしくない場所でくちゅと水音を鳴らしながら執拗に下唇を舐める。
意地悪だと思った。
忘れていた痛みが甘く痺れるように広がる。

「治るだろ、舐めといたら」

「治るわけないでしょ」

むしろ悪化しちゃう。そうか、と少しの間きょとんとした篤の顔が私の顔を見て緩く笑う。

「……だって、足りないもん」

ぎゅっと握ったのに、篤の手に引かれて私は階段をもう一段降りた。






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