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僕が知らない妄想の中のきみ
※モブ目線です


全授業が終わった放課後。僕は図書室で本を借りた後、荷物を置いている教室へ戻った。片思いをしている彼女に出会ったのはその時。
教室の扉を開けた瞬間に彼女と目があった。お互いに扉を開けようとしていたようで、僕がボヤッとしていたらあのままぶつかってしまっていたかもしれない。顔を見合わせて「ごめん」ってクスクス笑って。それで終わりかと思っていたのに「ねぇねぇ、」と話しかけられただけでなく名前まで呼ばれたから、僕の時間は止まってしまったかのようだった。みょうじさん、僕の名前覚えててくれてるんだ……。

「勇を見なかった?」

「ご、ごめん。見てないよ」

「もー!一緒に帰る約束したのに!」

先に帰っちゃお、と鞄を持ったらバイバイとまた笑って手を振ってくれて。神様ありがとう。今日僕は最高に幸せです。


みょうじさんが教室を出て行き、足音が離れたのを確認してから、彼女の席に近付いて指先で触れた。時々、こうしてしまう自分をひどく気持ち悪いと思う。彼女本人に知られたら生きてはいけない。
さっきまでここに座っていたのかな。そう考えると冷めた机から熱を感じるような気がした。
彼氏がいることはわかっていても、好きでいるくらい許して欲しい。遠くから見ているだけで僕は幸せだから。

感傷に浸りすぎていて、近付く足音にも気付かずにガラリと扉の開く音で顔を上げた。教室に入ってきてしまった男子生徒たちとバッチリと目が合う。

「うっわ。当真、おめーこれ見ちゃいけねーやつだわ」

「おいおい、まさか。タイミング悪すぎねぇか俺〜」

どう見えているかはわからないが、今教室に入ってきた当真勇くんの彼女の席の側へ僕は立ち、微動だにもできずに指先で触れているという事実は間違いない。近付かれてようやく体はいうことを聞いて、冷たい机から手を離した。

「あ、あのっ……これは、べつに、何も」

「おもしれー。三角関係の始まりじゃねーかよ。どうすんだ?俺の女に手ェ出すなつって、ここでシメとくか?」

ケラケラ笑っているのは一緒に入ってきた違うクラスの男子。口を覆うマスクに逆立った髪型。当真くん同様に相容れないタイプの人間であることは間違いない。


「待て、待て、カゲ。俺は割と穏便に済ませたい派なんだよ。なぁ、お前、この女の、なまえのこと好きなの?」

笑っているのにちっとも笑っていないと感じるのは彼の目が据わっているから。殴られるだろうか。シメるという言葉が示すように痛めつけられるだろうか。
しかし当真くんはボーダーだ。少なくとも暴力なんて、イメージを大事にしているボーダー隊員がするとは思えない。でもそれなら彼はなぜこんな風貌で授業もサボりがちなんだ?
特徴的な頭を手櫛で整えている。

「……っち、ちが……」

「ま、いいんだよ。俺はお前みたいなやつの気持ちはよくわかんだ。可愛いよなアイツ。ふわふわして雰囲気もやわらけえし、そばに寄ると甘い良い匂いするし。上目使いでみてくるところなんか男心くすぐるよな。誰にでも優しいし、笑いかけてくれるから勘違いしたくなるよな」

僕たちには彼女の机を挟んだ分しかスペースがない。変な脂汗は流れ、呼吸は吸うことしかできずにいた。
ニッコリと笑った当真くんは、本当に自分の彼女へ対する感情に同意を求めているのだろうか。そんなはずないのに、その言葉の全てに同意したくなる感情を僕は彼の彼女に抱いている。
低く、囁くような声で彼は続けた。

「二人の時はもっとやばいんだぜ。甘ったるい声で名前呼んで、すっげぇトロ顔で求めてくんの。ハハッ、可愛いだろ? 俺のオ、ン、ナなんだよ」

すっと開いた細い目の、視線の先。思い描かれている姿を想像してしまった。想像してしまったのに、それは僕が見下ろす彼女の姿ではなくて、当真くんの視線を借りて見る彼女の姿。
ゾクリと背筋は凍るのに暑い熱に犯されるような錯覚。吸い込んだ息が喉に詰まってやっと現実は見えてくる。僕は一生みょうじさんを組み敷くことなんてできない。

「ち、ちがうから……そういうんじゃ、ないから!」

「あそ?俺たちの勘違いならいいんだよ。つまんねーことで絡んで悪かったな」

ポンと軽く肩を叩かれたが、それ以上に重いものを乗せられたような気がして彼らが教室を出て行った後もしばらく動けないでいた。
廊下へ出た彼らがどんな会話をしていたのかは聞こえなかったけど響く笑い声に、明日教室に僕の居場所あるかどうかがたまらなく心配になった。




「お前、まだあいつとしたことねえって言ってなかったか?」

「嘘もたまには吐いていいとかいうことわざあったろ?」

「どんな教えだよ」

「ハァ……妄想の中じゃイかせまくってんのになー」

「キスは」

「…………うっせー。聞くんじゃねぇやい」




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