Dear. ちえり様

※DMM様のブラウザゲーム“艦隊これくしょん”のパロディです。艦これ本家より、第六駆逐隊の4人がゲスト出演しています。


朝から大勢の人影が行き交う鎮守府で、僕は小さくあくびを漏らした。大勢の部下、というよりも戦友である彼女たちの前ではこんな気の抜けた貌を晒すことはしないが、今この執務室には僕しか居ない。
と思った矢先、開け放たれていたドアの向こうから、くすくすと笑う声がした。

「提督、おはようございます。あくびなんて珍しいわね」

昨日は眠れなかったの?と頭上のヘッドホンを外しながら、秘書艦のさくらが執務室に入ってきた。紺色のカラーのセーラー服がよく似合っている。艤装を外してきたようで、いつもはショルダーバッグのように肩から提げられている15.2cm連装砲は、今はどこにも見当たらなかった。

彼女は僕の鎮守府の通信指令室を仕切る軽巡洋艦で、首元のヘッドホンは彼女が大本営には内密に開発したという秘密兵器が眠っている。持ち前のITスキルを活かし、敵の暗号化された通信を傍受したり、ブラフの情報をばら撒いたりして、情報戦を優位に行うのに一役買っていた。その分実戦向きではないステータスの持ち主で、僕は彼女には専ら後方支援を任せていた。

「司令官、おはよう!さくらさんも、おはようございます!」
「雷、おはよう。今日は六駆が遠征担当だったか?」

駆逐艦娘の雷が、姉妹艦の暁、響、電と一緒に執務室に入ってくると、元気に挨拶をしてきた。見た目はまだまだ幼い彼女たちだが、一度戦闘となると人智を超えた能力を発揮し、敵をなぎ倒していくれっきとした艦艇である。

「違うわよ。ほら、今日は新しい任務が正式に大本営から通達される日じゃない」
「そうよ!提督が任務の相手に誰を選ぶのかって、皆ずーっと気になってるんだから!」
「ああ、ケッコンカッコカリか」

彼女たちが口にした、本日大本営から通達されるという新任務。それは一風変わった名前の任務だった。

ケッコンカッコカリ―――うら若い女性ばかりが集う鎮守府で、ケッコンという響きはやはり強いインパクトを与える言葉だったらしい。例え後ろに(仮)という言葉が続いたとしてもだ。

伝え聞いている任務の内容は、以下の通りである。式の準備、という任務を達成することで得られる書類一式にサインをすると、ケッコン相手に選んだ艦娘に指輪が与えられる。その指輪を嵌めることで、相手は練度99の限界を突破し、耐久値と運の数値が強化される。そして最大のメリットとして注目されているのが、稼働に必要な燃料と弾薬が15%削減されるというシステムだ。
ケッコンの相手となり得るのは、練度が99の上限に達した艦のみである。そのため、長くこの鎮守府を支えてくれた駆逐艦や、戦果を上げやすい戦艦、空母など、その候補たり得る艦娘は既に複数名存在する。特に高火力と引き換えに燃費が悪い戦艦や空母は、真っ先にこの制度の候補として挙げている鎮守府が多い。

だが、僕はその相手に誰を選ぶかをとっくに決めていた。

「でも、司令官は誰とケッコンするのか、本当はもう決めているんだろう?」

響の落ち着いた声に、僕はどきりと目を見開く。それに追随したのは電だ。

「皆噂してるのです。きっと司令官さんは、さくらさ―――」
「?」
「電。そこから先は、まだ内緒だ」

僕の隣でさくらが首を傾げるのが解って、僕は電に向かって片目を瞑った。

「はわわわ、そうなのです。これはまだ内緒でした」
「もう、電はおっちょこちょいなんだから!」
「いいんだよ、暁。どうせ任務の全貌が公表されたら、本人にも伝えるつもりだった」

全く話に着いて来れていない本人を除き、僕達は顔を見合わせて笑った。

「提督、もう既にケッコン相手を決めていたの?秘書艦の私には、一切知らされていないのだけれど」
「ああ、決めているよ。相手が受け入れてくれるかは解らないが」
「ふぅん……、そう。そうなの」

さくらの表情がどことなく拗ねたように見えるのは、きっと自惚れではない。僕はこれまでどんな任務をこなす時も、どんなに難しい戦略を立てる時も、全て秘書艦である彼女と情報を共有してきた。それなのに、全く未知の新しい任務について一言も相談がなかったという事実に、彼女は納得がいっていないのだろう。
さくらのそうした態度を見て、気まずくなったのか雷が退室を告げた。

「そ、それじゃ、私達はもう行くわね。司令官、また後で!」
「失礼するよ、2人とも」
「け、喧嘩はしないで欲しいのです……」

心配そうな顔をした電に、さくらは苦笑して小さな頭を撫でてやった。

「ごめんなさい、電。あなたがそんな顔をする必要はないのよ。提督には提督の考えがあるんだって、ちゃんと私も解ってるもの」
「そうですか……」
「そんなことよりさくらさん、今日のお昼は暁と一緒に間宮に行かない?新作パフェが出来たって、間宮さんが言ってたの!」
「解ったわ、暁。提督のお昼ご飯が終わったら、また連絡するわね」
「やったぁ!じゃあまたね、司令官!」

大人のレディになることを日々夢見ている暁は、“レディ”という言葉を体現したようなさくらによく懐いていた。さくらもそれを悪く思ってはいないようで、嬉しそうに一緒に間宮食堂へ行く約束をしていた。

六駆の4人が出て行くと、さくらはつんと澄ました顔で腕に抱えていた封筒を差し出した。

「はい。これが本日大本営から通達された、“ケッコンカッコカリ”に関する正式な書類です。それから、こっちが指輪ね」
「案外、ちゃんとした箱に入っているんだな。任務というから、もっと味気ないものかと思っていた」
「本当に単なる任務なら、わざわざ“ケッコンカッコカリ”なんて誤解を招くようなネーミングにはしないんじゃないかしら」
「つまり、ただの任務以外の意味を持っていると君は思っているのか?」
「そう受け取っている艦は多いわね。だからこそ、皆、あなたが誰を選ぶのか興味があるんでしょうけれど」

他人事のような口振りに、僕はこっそりと笑みを零した。一番気にしているのは君じゃないのか、と思いつつもそれは口には出さなかった。
受け取った指輪の箱を開ける。リングクッションに挟まっていたのは、シンプルなシルバーの指輪だった。

「さくら」
「はい」

書類を捲りながら書かれている文字に目を走らせている彼女に、僕はごく自然に話しかけた。当然さくらも、何も構えた様子はなく短い返事を寄越してくる。
僕はその口調のまま、無防備な彼女の顔を見つめて言った。

「この指輪、君が貰ってくれないか」

彼女は更にページを捲り、真剣な表情で書類を読み込んでいた。片手間で僕の言葉を聴いていた彼女は、いいわよ、と安請け合いをしようとして、

「―――は?」

もう1枚ページを捲ったところで手が止まった。

「……え?提督、今なんて……」

書類と睨めっこしていた目が、漸くこちらを向く。大きな瞳が丸く見開かれていて、僕はしてやったり、と満足げに微笑む。

「何だ、聴いてなかったのか?上司の指示を聞き流すなんて、酷い部下も居たものだ」

ガタン、と音を立てて椅子を引き、僕は机の前に立つ彼女の前に詰め寄った。彼女は困惑した表情で、書類を盾にするように顔の前に持ち上げた。
その手首を掴み、僕は至近距離でさくらの顔を覗き込んだ。

「いいか、もう一度訊く。この指輪を、」

言いつつ僕は指輪を見せた。

「君が受け取ってくれないか。そしてこれからも、この鎮守府のために力を貸して欲しい」

彼女の視線が箱の中にある物に向き、それから僕の顔に向けられる。戸惑いの色を見せていた顔が、僕の言葉を理解して徐々に赤く染まり始めた。

「……あ、あなたさっき、これを渡す相手はもう決まってるって」
「言ったな。それは他でもない、君のことだ。さくら」
「でも……、私、そんなこと一言も聴いてないわ」

他の皆は知っていたみたいなのに、と彼女は目を逸らした。僕はその頬に手を添えて、無理矢理こちらを向かせる。

「自発的に誰かに話したことは一度もない。雷たちが知っていた風に話していたのは、あくまで彼女達の推測だ」
「わ、私に指輪を渡すんだろうって、皆が思っていたってこと?」
「ああそうだ。どうやら僕の気持ちは、あんな子供たちですら察することが出来るほど解りやすかったようだな」

ただし、たった1人を除いてな。そう言って僕が苦笑すると、彼女は耳まで真っ赤にして解りやすく狼狽えた。

「……わ、私でいいんですか?」
「どういう意味だ?」

私でいいも何も、誰もが彼女に指輪を渡すだろうと思っているという事は、彼女がケッコン相手に相応しいと皆も認めているという事だ。なのに当の本人だけが、自信なさげに目を潤ませた。

「だって……、私は後方支援が主で、あまり戦場海域にも出ないじゃない」
「ああ。君の艦隊サポート能力には、いつも舌を巻いている」
「戦艦や空母の皆さんみたいに、燃費向上の恩恵もないわ」
「比率はどの艦も同じだろう」
「対潜値も低いから、潜水艦に対する先制攻撃もすぐには出来ないし……」
「…………」

プライドが高そうに見える彼女は、その実とても自己評価が低い。戦艦や空母のように華々しい戦果を挙げることだけが大事なのではないことは解っていても、やはり艦娘としては戦いに赴いて敵を倒すことが己の本分だと思っているのだろう。

「それなのに、あなたは本当に私でいいの……?」

ついにその瞳から、透明な雫が零れ落ちた。僕はそれを指の腹で拭い、その指をぺろりと舐めた。

「君でないと駄目なんだ。本当は任務なんて関係なく、君に僕が贈った指輪を身に着けて欲しいんだが」

そう言って僕は彼女の左手を取った。その手から書類が落ちて大きな音を立てる。

「今はこれで勘弁してやる。僕の気持ちを、受け取ってくれ」

本人の了承も得ずに、僕はその薬指に指輪を嵌めた。さくらはぽろぽろと涙を零しながら、その指をじっと見つめている。

「この戦いが終わるのが、いつになるかは解らない。だが、その時はどうか、本物の指輪を贈らせてくれ」
「……はい、はい……!」

こくこくと頷くさくらの腰を引き寄せて、僕は彼女を抱き締めた。おずおずと背中に回される手が愛おしくて、僕の腕にも力が籠る。

今はカッコカリという関係だが、いずれカッコカリではない関係になれるように。そんな祈りを込めて、僕は彼女の唇にそっと口付けを落とした。


BACK TO TOP