委員会の仕事が終わって玄関に出ると、既にあたりは真っ暗になっていた。冬も近づき、夕方でも太陽沈んでしまう今はすっかり冷え込む。唯一の防寒具である手袋を身につけて腕をさすった。
震えながら白い息を吐き出すと、それを合図にするかのように雪まで降ってくる始末。初雪である。
雪は好きだが寒いのは嫌いだ。景色よりも寒さが優先され、雪が憂鬱にさえ思う。白が黒に見えるくらいだ。
今日はいつも一緒に下校している幼馴染の高杉もいない。手っ取り早く早足に帰ろうとした刹那、首根っこをぐいっと後ろに引っ張られた。「ぐえっ」とアヒルのような声を出して体が後ろに倒れ込むと、誰かに受け止められた。視界に映ったのは、既に帰ったと思っていた高杉だった。
「随分色気も素っ気もねェ声だな」
「急に首締められればうぇっ≠チて変な声出るだろ」
「うぇっ≠カゃねぇぐえっ≠セ」
「同じじゃん。変な声には変わりないじゃん。訂正すんな阿保」
「阿保はテメェだろ」
ククク、と乾いた笑いを浮かべる。この笑い方が怖いという女子とかっこいいという女子がいるが、名前は断然後者だ。
当たり前のように暴言を吐く高杉を無視し、少々乱暴に離れてスタスタ歩く。グラウンドを通り過ぎ校門まで行ったとき、ぴたりと止まった。そして、少々の間の後、ゆっくりと振り返る。
高杉はマイペースに歩いていた。普通、こういう時って追いかけてこね?
ジロリと怪訝に睨み付けていると、やっとのことで高杉が追いついた。立ち止まる名前の横を通り過ぎていく。
「なんだ。言いたい事があるならハッキリ言え」
馬鹿にしたように鼻であしらう。知っているくせにこういうことを言うから、性悪だとか神威に言われるのだ。
置いてくな、と追いかけて、やはりジロリと睨み付ける。
「普通追いかけてくるじゃん、今の流れ」
「何で俺がテメェに合わせるんだよ。テメェが俺に合わせろ」
「何それ。ジャイアニズムならずシンスケニズムですか。略してシンニズですか」
「意味わかんねぇ」
「ま、今更晋ちゃんのドSをどうにかしようとは思わないけど? サド王子に負けないドSですものねェ」
はっ、と嫌味をかますが、高杉はこの程度のことでリアクションを見せることがない。大人の対応というやつだ。チラリと一瞥しても、やはり涼しい顔である。
不意に、こちらを見た高杉と目が合う。思わず「あ」と声を漏らすと頬を引っ張られた。
「あんな奴と一緒にすんじゃねぇよ」
「そ……そうでした! サド王子はもっと優しい! ごめんサド王子こんな奴と一緒にして……ったたたたた! 痛いってマジで!」
ぐいぐいと引っ張られる頬のまま抗議するが、高杉は離す気は毛頭ないようで、力を強めるばかりである。沖田も相当加虐的な男だが、高杉は密かにそれ以上なのかもしれない。
「謝れ」
「ご、ごめん、サド王子」
「謝れ」
「マジごめん、サド王子。今ならサド王子の靴を舐められます」
「謝れ」
「サド皇帝、踏まれたって私は文句言いません」
「犯すぞ」
「すいません高杉様」
そこで、離れろと言わんばかりのやり方でやっと解放された。ひりひりとする痛みが断続的にくる。腫れてしまったんじゃないだろうか。熱を帯びたそこを、涙目で摩った。
「仏の顔も三度までだ」
「どこが仏? 悪魔の間違いだろ。四回とも悪魔だっただろ」
「犯すぞ」
「まだ一回目これェェェェ! ってかなにその脅し! 犯すとか高校三年生のピチピチギャルに言う言葉じゃないでしょ!」
「テメェのどこがピチピチなんだ。ビチャビチャの間違いだろ」
「ビ……ビチャビチャ?!」
「今にも死にそうでもがいてる魚だ」
「わぁ、具体的!」
弾んだ声で乗った後、「って馬鹿か」と一発軽く叩く。
「死にそうって何だ。まだ元気だから。死んだ魚って、銀ぱっつぁんじゃあるまいし」
銀ぱっつぁん≠ニ言った瞬間、高杉の顔がピクリと反応した。雰囲気がほんの少しだけぴりぴりとする。
「……アイツの名前を出すな」
「はいはい、晋ちゃんは銀ぱっつぁんが嫌いだもんねぇ」
思い切り嫌味な言い方をする。名前自身、銀八のことは大好きだ。今までの担任の先生の中で一番いい先生だとすら思っている。その銀八を嫌いな高杉。名前には到底理解できない。
しかし、高杉の口から出たのは、予想もしない言葉だった。
「……別に嫌いじゃねぇ」
「……へ? そうだったの?」
素っ頓狂な返事を返すと、高杉はバツが悪そうに視線だけをそらした。
「いつも喧嘩売ってるから嫌いなんだと思ってた。……そういや、晋ちゃんが喧嘩売る先生って初めてだよね」
「テメェの口から奴の名前がしょっちゅう出るから許せねェんだよ」
「あ、成程…………ん?」
アレ、と半眼する。理由を言われて成程と返事をしてしまったが、よくよく整理するとすごい事を言われた気がする。
恐る恐る高杉を見るが、別に何の変哲もなく涼しい顔だった。目つきも悪くいつも通り。
「……わっつ?」
「…………」
「うわっ、出た。無視モード」
「…………」
「バーカアーホマーヌケ小指ぶつけて転べ」
「寒ィ。手袋貸せ」
「清清しい無視だね」
当たり前かのように平然と手を差し出す。ここで文句を言ってもまた何かされるだけだ。渋々と素直に右手袋を貸した。高杉と二つあるものを貸し借りするときは、いつも一つだけ。これは小さい頃からの暗黙の了解のようなものである。
高杉が受け取った浅葱色の手袋を右手に身に着けると、鞄を漁ってマフラーを取り出した。名前が去年のクリスマスプレゼントに送った黒いマフラーだ。
それを丁寧に首に巻く。大事にしまわれていたのか、しばらく使われていない黒いマフラーは新品のように汚れ一つついていなかった。おまけに、マフラー一つのオプションで随分かっこよくなった。高杉は、イメージやら似合う色やら、全部黒だと思う。
そして更に、もう一つ何かを取り出した。クールなイメージの高杉には似合わないパステルな水色のマフラーである。それを名前へ投げ捨てるように渡す。
頭にかかったそれを手にとって見ると、解れているわ穴は開いているわの不恰好さで、お世辞にも可愛いなどと褒めることもできない。お店で売っていたら明らかに「不良品ですよね?」と本気で怒ってしまいそうになるような代物。尤も、素材がいいのかは知らないが、家にあるどのマフラーよりも暖かさを感じるものだったのだが。──これをどうしろと?
黙りこんだまま見つめていると、高杉が僅かに早足になった。
「コレの礼だ。お前、もうすぐ誕生日だろ」
「はい? ……まさか晋ちゃんが作ったのコレ」
高杉は何も答えなかった。無視されているのとは少し違う気がするが、何も答えてはくれない。
僅かに早くなった足に合わせようと、待てとの意味で右手で高杉の左手を掴む。昔はよくこうやって手を繋いで歩いたものだ。
「待ってってば。ねぇ、コレ晋ちゃんの手作り?」
やはり高杉は何も答えない。ただ、それが答えだ。高杉は面倒になったり照れていたりすると黙り込んだりする傾向がある。幼馴染の名前にしかわからないこと。
だから、マフラーが暖かいのか。
思わず顔を綻ばせ、右手を離さないようにマフラーを巻いた。家にあるどのマフラーよりも、どんな高いマフラーよりも暖かい。きっと、材料を買うとき恥ずかしかっただろうな。マフラーが異様に暖かい理由がわかった。
高杉はこちらを向いてくれなかったが、ぎゅっと手を握ると、ぎゅっと握り返してくれた。
(101020,BY:銀雅)
−−−−−−−−−−
す……すすすすすいまっせェェェェんんんん! 私設定ですいません! 短いお話になってしまって申し訳ありません!
雛ちゃんに贈る相互記念です。高杉です。
3Zが好きだと聞いていたので、3Zにしてみました。3Z要素がないような気がするんですけど……
沖田も好き(愛)だとのことなので、勝手に沖田の名前だけ(略)←すいません
これから冬になるので、高杉に暖めてもらいたいな! っていう銀雅の気持ちもあります。(できれば銀さry)
……あ! 雛ちゃん限定で訂正とか返却etc可能ですので遠慮なくお申し付け下さい。
本当、相互ありがとうございました! 憧れのサイト様……というか、一目惚れのサイト様だったので、相互がすごく嬉しいです!
これからもイベントとかアンケートとかフリリクとかにめっさ参加するストーカー野郎ですけど、どうかこれからもよろしくお願いしまァァァァす!