冬になり、桜の木もすっかりと寂しくなってしまった。その代わりにはらはらと降り注ぐ粉雪が綺麗に見える。桜の花弁とは違う色、物質のはずなのに、同じく季節感を感じるそれは心地よく感じる。
 その粉雪を背景に、新人隊士の名前は真昼間から土方の写真をくくりつけた藁人形に五寸釘を打ち付けていた。
 頭についた蝋燭の蝋に気をつけ、金属音を響かせながら一発一発確実に打ち込んでいく。


「死んでほしい男の死体が三百七十五体、死んでほしい男の死体が三百七十六体、死んでほしい男の死体が三百七十七体、死んでほしい土方……あ、やべ、名前言っちゃ──」

「昼間っから何してんだァァァァ!」


 細い影が差したと思えば、後ろに刀を振り上げた土方が現れた。
 名前は突然のことに驚いて振り返り、その場に腰を抜かす。
 がたがたと震えた名前を見た土方は、ん? と小首をかしげながら勢いを殺した。
 はわわわわ、と涙目になっていく名前を前に、バツが悪そうに刀を鞘に収める。


「す、すまねぇ……人違いだ」

「ふ、副長ぅぅぅ……」


 細かく震え、完全にびびらせてしまった。
 大きな瞳に涙を溜めて歯をかみ締めるその姿が痛々しい。総悟と間違えたとはいえ、女を泣かしちまうとは。
 遠慮がちに土方が名前に手を差し伸べる。
 その瞬間に名前は豹変し、無感情な眼差しと銃口を向け、一言。


「死んで下さい」

「ギャァァァァ!」


 情けない悲鳴を上げて反射的に銃口から体を翻す。
 銃声が轟き、紙一重で弾丸を交わす。どきどきと高鳴る胸を押さえ、恐る恐る名前を見つめる。
 名前は外した事に酷くショックを受けているようで、およよよと泣いていた。


「どうして……副長は死んでくれないの。何で生きてるの」

「何でだァァァァ! テメ、新人だろうが! なんかした?!俺なんかした?!俺の何が気に食わないんだ!」


 金切り声で訊ねると、名前がチラリと瞳を動かし、手の内にある土方の写真を見た。脳天に刺さる五寸釘を見て、うっとりとしている。


「強いて言うなら……生存が気に食わないです」

「存在否定じゃねぇか……! 誰だよ、テメェを採用にした奴ァ」


 苛立ちを露に、ポケットから取り出した煙草に火をつける。
 煙を吐き出した後、瞳孔を開いた鋭い眼光を向けた。


「とりあえず、昼間からそんなことしてんじゃねぇ。総悟じゃあるまいし」


 そう言うと、名前の表情が一気に沈んだ。


「…………沖田隊長がやってるから、してるんですよ」


 ポツリとこぼしたそれに、渋面する土方が口の煙草を手にする。
 成程な、と理解して徒労を感じながらも隣に腰を下ろした。
 その瞬間名前がもう一度銃口を向けてくる。しかし、一瞬にして持ち前の瞬発力で取り上げた。
 手の内から消えた銃の感触に拍子抜けする名前の顔に、勝ち誇ったように煙を吐きかけた。
 げほげほと咽るその姿に一笑し、銃を遠くのため池に投げ捨てる。弧を描いた銃は見事に池の中へダイブした。


「アイツは、人に迷惑をかける見本なんだが?」

「副長にはそうでも、私には違うんです」


 落ち着いた名前が涙目を向けてくる。


「沖田隊長は、とても剣術に長けていて、本当は優しい人で、侍で。私は……きっと、そんな沖田隊長を信頼しているんです。だから、近づきたくて……」


 涙目になった瞳から、後押しして涙が浮かぶ。
 きっと、という曖昧な表現を使ったところに情を感じた。名前の噂をしている隊士を何人か見つけたが、どうやら決めた相手がいるようだな。
 拗ねる名前を視界の隅に入れながら、遠くを見るように空を仰ぐ。曇天から雪が降り注いでいた。灰色の空だが、雪のせいか綺麗に見える。
 昔を思い出し、ふーっと、ゆっくり煙を吐き出した。
 白いため息にも似たそれをちらっと見た名前は、瞳で天に昇って行くそれを見つめる。


「信頼なのか、また違う感情なのか……それはテメェじゃなきゃわからねぇさ。誰に答えを求めたところで、客観的なものしか教えてくれない。それが正しいのかも間違っているのかも、やっぱりテメェじゃなきゃわからねぇ」

「……副長?」

「だからと言って答えを見つけて、それが何かを理解しても……そこで止まっちまうものさ。もっと知りたいと思えば……気付けば、それは自分のことじゃなくて、相手のことだ」


 煙をともに吐き出されるそれは、名前というよりは、別の誰かに言うように空に訴えている。
 つられて空を見上げれば、曇天。不思議と綺麗に見えた。


「いつも傍にいるから見守ってるだけでいいとか、幸せになればいいとか、偽善者じみたことを言う奴は後悔する。身を引けばソイツが幸せになるわけじゃない。……一緒にいるとどうだとかは超能力者じゃない限りわからねぇが、少なくとも……お互いに幸せだっつーのは、わかってたさ。俺も」


 萎んでいく声と台詞で、亡くなった奥さんを思い出しているというのがわかった。
 一人で生きていくことは辛いのだろう。泣かないのは土方の強さで、泣かない様にしてるのは奥さんの為。
 もしかして、積極的になれない私と自分を重ね合わせたのだろうか。
 鬼の副長と呼ばれる土方が恋愛のことで慰めてくれたと言う驚きと、嬉しさが渦巻く。
 土方は、用が済んだと静かに立ち上がった。


「何でもいいが、夜通し泣くとかはやめてくれ。うるさくてかなわねぇ。女っつーのは関係ねぇ、他の男隊士と同じように扱う。……だから、喧嘩すんじゃねぇぞ」


 厳しいその一言の裏にはもちろん優しさがある。
 思わず心が揺れてしまって顔を綻ばすと、急に目の前が暗くなった。桜の木に足をかけてぶら下がってきた沖田が急に前に現れたのだ。
 声に出ない悲鳴をぱくぱくと口にする。名前のことはお構いなしなのか、沖田は視線だけを逸らした。


「土方狙ってると思ったら、そういうことだったんですかィ」

「え? な……なに、って! ももも、もしかして今の会話……!」


 かぁぁぁ、と頬を染め上げると、沖田が密かに様子を伺ってきた。


「あんな傍で言われて、盗み聞きも何もねぇだろ」

「そ、傍っていつから……!」

「テメェのカウントが、死んでほしい男の死体が一体からだ」

「さ、最初からじゃないですか! もしかして、サボりのお咎めですか? それに関しては大丈夫ですよ。有給とりましたから」

「んなことはどうでもいいんで。ただ、アンタのことが気になってただけだ」


 涼しい顔でいうものだから、ボン! と一気に赤い顔に拍車がかかって真っ赤になった。
 え、ちょ、と取り乱すと、頬を掴まれる。そして、少し強引にキスを落とされた。
 強引でも触れるだけのキスで、配慮してくれるそれが温かい。うっとりと目を細めると、やがて名残惜しそうに離れた。
 離れた先にあった沖田の顔は、まるで別人のように少し赤かった。つられるように更に赤くなり、これ以上はないくらい顔が熱を持つ。
 もう一度チラリと伺った沖田の顔は、見間違いじゃなく赤いようだ。


「土方抹殺対隊長の、相棒になりやせんか」


 それが精一杯の告白だと勝手に解釈して、満面の笑顔で頷いた。


「相棒にして下さい……!」

「じゃ、早速一つ目の任務を言い渡す」


 沖田が人差し指を立てる。そして、沖田の足がかかる桜の枝を指した。


「制服が引っかかって降りられねぇんだ。取ってくれ」


 え、と目を凝らしてみると、確かに、頬は赤くとも顔色は優れない。頭に血が上っている。
 沖田隊長が危ない、と思考とともに血の気が引いていった。


「ぎゃぁぁぁぁ! 沖田隊長ぉぉぉぉ! 死なないでぇぇぇぇ!」


 くすだまの紐のように下にぐいぐいと力いっぱいに引っ張ると、沖田が何かを言いながら暴れていた。しかし、なんて言っているのかは名前の耳には入らない。
 痛いかもしれないけど我慢して! と心で囁き必死になった。これが相棒としての初任務だったからだ。
 ふんごぉぉぉぉ! と色気のない気合を入れて引っ張り続ける。
 やがて、制服が破けてドS柄トランクスだけになった沖田が落ちてきた。


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