短編たち | ナノ





「ん…、ちゅ、…っはぁ、」


弱々しい抵抗なんて当たり前だけど通用しない。抵抗したいと思っていたのは小さな理性だけで、本能では強く強く響を求めていた。


「ごめん、時雨」


やっと唇を離した響が濡れた唇で囁く。
そんな響の頬に信じられないものを見て、思わず息を飲んだ。


「きょ、う、」


なんでお前が泣くんだよ

響の黒く長い睫毛に縁取られた目が涙で揺れていて、頬に一筋の跡をひく涙をそっと指で拭った。


「好きだ、今更遅いかもしれないけど

どうしようもなくお前が好きだよ、時雨」


子供みたいにポロポロ涙を流す響は見たこともない響の姿で、母親に抱っこして、と縋る子供みたいで

どうしようもなく愛おしく感じた

頬の涙を拭っていた手を首裏に回し、強く響を引き寄せる。
衝動で揺るいだ響の体が俺に体重をかけて、そんな重みを全身で抱きしめた。


「もっと、」

「時雨、なに、」



「もっと呼んで抱きしめて

それでもう、絶対に離すな、」




お願いだから。


固まっていた響の体から徐々に力が抜け、だらんと下がっていた響の手がゆっくり俺の背に回った。


「時雨、時雨、」

「もっと、」

「時雨、好きだ」

「うん、」


俺も


囁いた言葉は響の唇に飲み込まれて、俺も求めるように響の唇に吸い付いた。



「ん、っ、はぁ、」

「時雨、かお、エロい」

「うるさい」


初めての求め合うキスに夢中になる。

なんどもなんども重ねる唇。
頬にも、首にも、目元にも、なんどもなんども唇を落とされる。


響の触れたところ全部が熱いなんて今に始まったことではないけれど、


どうしようもなく幸せなのは今が、この瞬間が初めてだ。


降り始めていたはずの雨はいつの間にか止んでいて、ただの通り雨だったのかとぼんやり考える。


雨に濡れた薫りがふんわり鼻を掠めた。


「、ん、ちょっ、響、ここ学校」

「むり、我慢できねえ、」



立ち込める熱気も、雨の冷たさが隠してくれるだろうか。

しょうがないなぁと身を任せながらもう一度窓の外を眺める。




『時雨って、降ったり止んだりする雨のことなんだってさ、』



授業で習ってきたことを自慢げに響が口にしたことがあった。


降ったり止んだりする雨

それは確かに起伏の激しい俺のようで、いつか止むかな、と待ち望んでいたその瞬間が奇跡みたいに今訪れている。



それを噛みしめるように俺に覆い被さる響の体をぎゅっと抱きしめて、ゆっくり息を吸い込む。


薫った匂いはやっぱり透明感ある雨の薫りで、


「ーー、」



口にした二文字の言葉に響が静かに笑って頷いた気がした。







ーfinー





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