振り回す

御幸と付き合い始めてから、自分でも変わったなあと思うことがいくつかある。例えば携帯のランプが光ってるかどうかが一日中気になったり、御幸を見かけると声を掛けずにはいられなくなったり。
「御幸ー!」
「……おい、呼んでんぞ」
まあ御幸はなんというか、違うようだけれど。食堂で出会ったその昼も、こうして他のテーブルから俺がわざわざやって来て話し掛けてるのにほぼシカト。隣に座っていた倉持先輩が気まずそうに御幸を小突いてくれた。
「ん?おー沢村」
「お、おう……つかおま、携帯いじってんならメール返せよ!」
「あーごめん返した気でいたわ」
「嘘をつけー!」
力いっぱい声を振り絞る。このテンションは空元気からくるものだった。実はこうして近くに寄って会話してるだけでも足元がフワフワして、心臓が馬鹿みたいに動いて、耳が熱くて手汗すごくて自分で何喋ってんのか分かんない状態だった。だけどやっぱり御幸に会えると嬉しくて浮かれてしまう。それは勿論御幸のことが好きだからで、付き合ってる以上御幸も少なからず俺に対してそういった何かを抱いているはずなのだ。なのにこの男は付き合い始めてからというものメールはまず返さないわ会ってもそっけないわで、俺が何度めげそうになったか分からない。最近はメールを送ったり声をかけたりする前にしつこいと思われたらどうしよう、また俺だけ空回っちゃったらどうしよう、と後込みしてしまうようになった。まあ結局メールは送るし声は掛けるけど。その度に後悔するけど。
なんだかなあ、と思う。俺は御幸と付き合ってから、御幸を「好き」になってから、自分のことが少しだけ嫌いになってしまった気がする。どんどん小さく、面倒くさい奴になっていく。行動を起こしてから後悔するときはいつも、御幸の立場になって冷静に考える。俺御幸にとって迷惑な奴なのかもしれない。なんでまた同じこと繰り返してしまうんだろう。
その日も例に漏れず、昼食後の授業中はみっちり一人反省会を行った。相変わらず、ポケットの中の携帯を気にしながら。

「今日さ、昼飯一緒に食おうぜ」
朝練が終わってジャグの水を飲んでいる俺の隣に、御幸はふらりとやってきてそう言った。
「ん、んぐ」
驚いた拍子に飲んでいた水が気管に入り咳き込む俺を笑って、御幸はさっさと行ってしまった。
それから午前中はずっと昼飯のことばかり考えていた。眠いはずの授業も興奮して妙に冴えた頭のおかげで耐え抜いた。休み時間の度に携帯を開けば新着メールの表示。送り主は御幸だった。俺はそれに急いで返事を送る。口元が緩むのをこらえるのが大変だった。

「こっちこっち」
「あ……」
ざわざわと賑わう食堂の奥のテーブルで御幸は俺に手を振った。思わず振り返しながら早歩きで近付く。そんな俺を御幸は楽しそうにじっと見つめていた。
「よ」
「っす……」
視線で促されて、御幸の目の前の席に座る。ソワソワして、御幸の顔がまともに見れなかった。御幸は一個しか変わらないくせに妙にジジ臭い……というか落ち着いていて、同じ男なのにいつもいい匂いがした。恐らくそれらが、なんとなく俺を緊張させる要因だった。学食のしょっぱい匂いしかしないはずなのに、そのときも一瞬御幸の匂いが香った気がして、ドキッとしてしまった。
「メシは?」
「……あっ!こ、れから買ってくる」
「んー」
「……」
「……早く行ってくれば?」
「え、あ、空くまで、待つ」
ああ、まただ。ドキドキ、フワフワ、自分が自分じゃないような感覚。御幸の傍にいられることにお祭り状態の脳みそのせいで、腰が重くなってしまった。馬鹿みたいだ。ちょっと行って戻ってくればいいのに。恐る恐る御幸の表情を伺うと、御幸ではなくその手に握られた携帯と目が合った。次の瞬間、ピロリーンと聞き覚えのある音。
「なっ、てめ」
「うわお前この顔……ウケるわマジ」
「ざけんな消せよ!」
「はい待ち受け決定ー」
「やめろって!」
思わず立ち上がって御幸の携帯を奪い取ろうと奮闘するが、御幸がすぐにポケットへしまってしまったために適わなかった。肩を落とす俺を御幸は相変わらず面白そうに眺めていた。
「あ、のさ……」
「ん?」
「なんなんだよ今日……急に……」
「何が?」
「や、普段……そう!普段!お前って奴はメールもまともに返さねーし!なんかつめてーし!」
「別にそんなことねーだろ」
「ある!あるったらある!」
「わーかったから落ち着けよ」
俺を宥めた後、御幸は何考えてんのか分からない笑みを浮かべながら、今日さーと徐に口を開いた。
「沢村の気分なんだよなー」
「……は?」
「時々あるんだよなー沢村がこう……無性に恋しくなるっつーか」
何を言ってるのかがさっぱり分からなかった。なんだそれ。気分てなんだよ。唯一分かるのは、御幸は今すこぶる機嫌が良さそうだということだけだった。
「まあとりあえずメシ買ってくれば?水汲むくらいならしといてやるからさ」
なんだか無性に腹が立った。何がムカつくって御幸の意味不明な言葉に舞い上がっている自分自身だ。腹の虫は簡単には収まりそうもないので、この後もまたくだらないメール送ってやる、と心に誓った。















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