K×Pandora | ナノ


目にした優しさと目に見えぬ不安


「アンタはアタシを裏切るの!?」
「今まで育ててやったのに!!」
「この、化け物!!!」



それは、一体誰の記憶なのだろう。

罵声を発する女を取り囲む複数の男。
男達の手に握られている真っ黒の拳銃。

“化け物”と呼ばれた幼子は
ただその光景を
見つめているだけだった。























「う〜〜あーー」



腕の中にいる赤ん坊が私に手を伸ばす。

セプター4の正門の前に置き去りにされていた赤ん坊を礼司が見つけて、学校に行っていた私に電話をしてきたことから始まった。

急いで帰ると、皆んなは一斉に私に目線を向けて泣きついてきた。赤ん坊の扱いに慣れていない人が殆どだから仕方ないって、言いたいけど今時育児も出来ないようではダメだと思う。秋山さんの腕の中で泣き叫んでいた赤ん坊を受け取り、予め用意していたお腹を押すとメロディが鳴るネコの縫いぐるみを試してみると、涙が引っこみ楽しそうに笑った。因みにこれは、授業の一環で作ったもの。役に立って良かった。

今皆んなは、近くで能力者絡みの事件があったらしくいない。この場には私とこの子しかいない。



喰「…あなたは、お母さんが好き?」

「うーー?」



目を瞬きさせて疑問符を返してきた彼に、私は苦笑いを浮かべてしまう。
私の母は、一言で言うなら“酷い人”だった。
毎日振るわれる暴力。
結果的には
実の兄が私を抱えたまま死んでしまった。

けど、それももう昔の話。
成長した私は思う。
母も苦しかったではないか…と。最愛の人を失えば冷静さなんて一気に崩れる。

それは
その人の“世界”が無くなったという事。

だから私は仕方ないと思えた。私を護って死んでしまった兄にはとても申し訳ないと思う気持ちもあるけど、人とは結局そういうものなんだと思う。自分の“世界”を壊されれば、人は独りでは立っていられない。そう、できてるんだから。

この子のお母さんは
普通ではありえない“力”を目の当たりにして、少し驚いただけ。
だから、きっと迎えに来る。



喰「大丈夫、大丈夫よ」






母親が出頭してきたのは翌日の早朝だった。
手続きが終わるのを赤ん坊と一緒に部屋の外で待っていた。彼はネコの縫いぐるみがよほど気に入ったのか、小さな両手で遊んでいる。
ガチャ。
扉が開き、淡島さんの後に母親が出てきた。
まだ10代後半の若い女の人だった。
彼女は、私に抱えられている赤ん坊を視界に移すと、安心したようにホッと息を吐いた気がした。



「あ、ありがとうございます」

喰「いいえ」



赤ん坊を渡すと、彼女は自分の子が持っている縫いぐるみに視線を向けた。



喰「それ、その子が気に入ったみたいなので差し上げます」

「え…い、いいんですか?」

喰「ええ。では、私はこれで。
…元気でね」

「あ〜!」



赤ん坊に手を振り、私はその場を後にした。














昼から学校に行く準備をしていると、部屋の入り口に愛しい気配。それでも私は振り返らずに手を忙しく動かす。



宗「乃蒼」

喰「うん?」

宗「お昼から学校に行くのですか?」

喰「うん。午後に数学があるから行かないと。担当の先生、授業スピード速くて後々大変だから」

宗「……そうですか」



いつもの彼ではない声音に思わず振り返る。自信に満ちた藤色の瞳は、今は淋しげに揺れている。それが何故かを理解した時、私は彼の前にいた。手を伸ばして、彼の頬に触れてひと撫で。



喰「私は大丈夫。気にしないで」



何も言えなくなった礼司は無言で私を抱き寄せて、頭を数回優しく撫でてくれた。例え一睡出来なくても、それだけで疲労が消えていく気がした。










(じゃあ、いってきます)
(いってらっしゃい、乃蒼)
(!あ、忘れてた…)
(?何を…、)
ちゅ
(!)
(ふふふ、いってきまーす)

(…してやられました)





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