僕の小さな世界の中心
“その紅は、罪なのだ”と、誰かが言った
生まれてはいけない
存在してはいけない
愛されてはいけない
無数の黒い鎖に縛られ、
深淵の歪みに堕とされる
それが、
禍罪(まがつみ)の眼を持った者の宿命なのだと
大事な“あの子”は堕とされた
最愛の兄と親友を置いて
“完全な死”という花束を贈られたのだ
自分は何故こんな所にいるんだろう。
喰「ひこニャン!こっちにライオンがいるよ!」
伏「……」
俺が乃蒼に無理矢理連れてこられたのは、動物園だった。折角の非番だったのに、なんで俺がコイツの遊びに付き合わなきゃいけねーんだマジで。ってか、動物園って…お前はガキか。
喰「16歳って貴方が言うガキの部類に入ると思うけど?」
伏「勝手に心読むな」
喰「ふふふ、読まれないように気を張っておかない貴方が悪いわ」
俺はコイツの秘密を一つだけ知っている。
ある時見てしまった。
乃蒼の左眼が、本当は“紅い”事を。
伏「お前、その眼っ」
喰「嗚呼…見ちゃったのね、猿比古君」
あの時、乃蒼は左手で長い前髪で隠すように寄せて自嘲的に笑った。
喰「この眼の事は礼司に言ってないの。だから、私と猿比古君だけのヒミツ、ね?」
乃蒼はそれだけ言うと、室長がいる部屋に戻って行った。
常に黒いカラコンで隠していて、その時は偶々外してしまっていたらしい。
伏「なぁ、乃蒼」
喰「なに?」
伏「何で室長には言わないんだ、その眼。別に、隠すような事じゃないだろ」
俺がそう言えば、乃蒼はあの時のように笑った。気持ち悪い。乃蒼らしくないそれに、思わず口元を歪めた。
喰「この眼はね、不幸を呼ぶんだって。だから、あの人の歩む未来が、不幸にならないようにしてるの。本当は潰したいけど、コレは大事なモノのような気がするから…」
後半何物騒な事サラッと言ってんだコイツは。
喰「…あ、この眼を見たひこニャン、もしかしたら呪われちゃったかもね」
伏「んなわけねーだろ」
喰「!猿、比古君…?」
乃蒼の左眼の前に自身の右手を翳す。
今はカラコンで隠れていて見えない紅。
不幸を呼ぶらしい紅。
でも俺には…
伏「綺麗な紅、だとしか思わねーけどな」
喰「っ!」
お世辞とかそんなんじゃない。
直感的にそう思っただけだ。
喰「それ、なんか告白みたいね」
少しだけ頬を赤く染めた乃蒼は、プイッと横を向いた。そして、
喰「…ありがとう。
そう、言ってくれて…」
“この紅い眼も嬉しいと思うわ”
そう言って、乃蒼は俺の手を引いた。
喰「さ、次はどの子に会いに行く?」
今までのシリアスな雰囲気は何だったんだ。
伏「全く…ガキはこれだからイヤなんだ」
喰「あはははっ、ひこニャンに嫌われちゃったーっ!」
それからクタクタになるまで乃蒼に振り回されて、帰ってきた時には既に17時過ぎを指していた。
喰「今日は楽しかったねひこニャン」
伏「…疲れた。明日出勤なんだぞ俺は」
喰「え?礼司から聞いてないの?」
伏「は?何をだよ」
喰「ひこニャンは明日非番よ?」
伏「………は?」
明日が非番?
は?じゃあ、今日は何なんだよ。
宗「おやおや、やっと帰ってきましたか」
喰「あ!礼司っ!」
俺の手から離れて、室長に飛び込む乃蒼。
喰「礼司、ひこニャンに何も話してないの?」
宗「ええ。伏見君の驚く顔が少々見てみたかったもので」
喰「性格悪いね、礼司」
宗「ありがとうございます」
喰「褒め言葉じゃないわよー」
おいコラ。
人前でイチャついてんじゃねー
脳味噌お花畑ども。
宗「伏見君、今日は乃蒼に付き合っていただきありがとうございます。
今日は出勤扱いになるので、明日はゆっくり休んでください」
喰「良かったね、ひこニャンっ」
二人の満面の笑みに、舌打ちを通り越してため息しか出ない。ドッと押し寄せる疲労感に肩を落とした。
(それより、相変わらず伏見くんのあだ名は面白いですね)
(センスあるでしょ?)
(ええ。私もそう呼んでみましょうか)
(止めてください気持ち悪いんで)
prev / next