世界はあなたを薄めていく
かた かた かた
壊れた秒針は小刻みに揺れる
前へ後ろへ
しかし世界は
前にしか進めない
誰も彼もが
過去へ戻る事など許されはしないのだから
一つの例外を除いてはーーー
喰「ミコトさん!」
周「……乃蒼か」
見覚えのある後ろ姿に声をかける。
振り返った彼は、いつものように怠そうに声を吐き出した。
喰「……もしかして、おつとめの帰りですか?」
周「………ああ。…お前は何してたんだ?」
喰「ちょっとお買い物に」
今日の夕飯の食材が入ったビニール袋を持ち上げて見せる。すると、ミコトさんがそれを私の手から取り上げた。どうやら持ってくれるらしい。
喰「ありがとうございます」
周「……あの陰険野郎はいねーのか」
喰「お仕事…ですからね」
周「……」
礼司は“室長”というとても重要な立場にいる。だから、休暇なんて片手で数えるだけしかない。少しだけ寂しいけど、彼は彼のすべき事をしている。
だから、私はそれでいい。
喰「ミコトさん、これからバーに帰るんですよね?」
周「ああ」
喰「お邪魔してよろしいでしょうか?」
周「おう」
私が話題をふってミコトさんが二つ返事で返すやり取りをしている内に、バー《HOMRA》に着いた。
カランッカランッ
草「お。尊えらい遅かったなぁ…
って、乃蒼ちゃんやん!お久しゅう」
喰「お久しぶりです、草薙さん。偶々ミコトさんに会ったので来てしまいました」
草「えーよえーよ。今、アンナ呼んでくるわな」
喰「はい」
アンナちゃんを呼びに二階に上がって行った草薙さんを見送って、ミコトさんが腰を下ろした反対側のソファに座った。少しして、パタパタと急いで階段を下りてくる音がして、振り返る。
ア「ノアっ!」
喰「アンナちゃん、久しぶり。
元気にしていましたか?」
ア「うんっ」
隣に座ったアンナちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに笑った。初めは表情が乏しかったこの子も、今では笑ってくれるようになった。吠舞羅の皆んなは優しいから、彼女の固く閉ざされた心を、和らげてくれたのかもしれない。まぁ、その大元の彼は全くきづいてないようだけど。
喰「草薙さん、冷蔵庫をお借りしてもよろしいですか?」
草「ええよ。それ、預かるわ」
喰「ありがとうございます」
ミコトさんに持ってもらっていた食材が入ったビニール袋を草薙さんに渡す。お肉がいたんじゃったら困るし。申し訳ないけど。
ア「ノア、これ」
喰「!これは…」
アンナちゃんの小さな手のひらには、私と思われる人形と青服の姿の礼司の人形だった。しかも互いの手を繋ぐようにセットになっている。これをアンナちゃんが…?
ア「タタラ、最近縫い物にハマってるの」
喰「縫い物に?」
周「……何を作ってるかと思えば、んなもん作ってたのかアイツ」
ア「私はただ手伝っただけ。針を使うのは、まだ危ないからって」
喰「そうなんだ。ありがとう、アンナちゃん。これ、大事に飾っておくわ」
ア「うんっ」
カランカランッ
十「ただいま〜」
出掛けていた十束さんと八田さんが帰ってきた。二人は私を見て、それぞれの反応を見せた。
十「あ!乃蒼、来てたんだね!」
喰「はい。ちょうど、ミコトさんと会ったので。…あ。これ、ありがとうございました。大事にしますね」
私と礼司の人形を見せて言うと、「どういたしまして」と笑顔で返してくれた。
喰「八田さん、お久しぶりです」
八「!!?お、おおおうっ!///」
十「八田…どもりすぎだよ」
私を目の前にして、顔を林檎のように真っ赤にする八田さん。相変わらず女性に免疫無いんですね。十束さんも苦笑いを浮かべている。
草「八田ちゃん、少しは女の子慣れせんと先が困るでぇ」
喰「ふふふ、そうですね。…まずは、手を繋ぐ事から始めますか?」
八「なっ…はぁ!?///」
片手を差し出すと、八田さんはテンパってバーを飛び出して行ってしまった。その姿を見たミコトさんは、面白そうに鼻で笑った。
周「……まだガキだな」
(礼司見てこれ!)
(おや、これは?)
(十束さんとアンナちゃんが作ってくれたの!)
(…そうですか。では、ショーケースの中に飾っておきましょう)
(うんっ)
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