深淵はキミを視ている
キャンディ缶のなかには
飴玉みたいな沢山の宝石
じっと見つめたら、物語があふれだす
誰からも望まれなかった少女の
悲しき運命を紡ぎだすためにーーー。
くるくるくる
目の前にいる男(義理の兄・清音)が持つ赤と青、二色の風車が回る。こんな廃墟に呼び出しておいて、ずっと黙ったまま。ふーふーと風車を一生懸命に回している姿は滑稽だ。その風車ごと、壊してしまおうか。と思ったが止めた。
喰「用件は何なの、義兄さん」
清「んーーー?ちょっと待って〜〜」
パキ…。足元の汚れた鉄筋のコンクリートの床にヒビが入った気がする。それに反応した兄が、ビクリと身体を震わせてから、此方を恐る恐る見てきた。風力を失った風車は止まった。
喰「私、暇じゃないんだけど」
清「僕も暇じゃないよ。今日中の書類がまだ20枚は残ってる」
喰「だったら早く帰れば如何?
礼司との待ち合わせに遅れるでしょ」
清「それだよ!!」
喰「…は?」
ビシッ!と効果音が付きそうなぐらいの勢いで人差し指を私に向ける。
清「なんであのクッソ性格悪い男なんぞと、まだ付き合ってるんだよ!!?」
このシスコン兄は、私の大切な人である宗像礼司をよく思っていない。というか、嫌いな部類らしい。
喰「私の勝手でしょう。義兄さんに私の人生まで指図される謂れはないわ」
清「だからってなんでアイツなんだよ!まだ周防尊の方がマシだ!!」
喰「いや、ミコトさんにはアンナちゃんがいるから。…というか、何勝手に私の周りの人の事調べてるの」
清「可愛い妹の行動と人間関係を把握するのは当たり前だろ!?」
ウザい。
もう行ってもいいかな?
ホントに間に合いそうにないんだもの。
喰「話はそれだけ?なら、私行くわね」
清「!!?」
背を向けた途端に、背後から抱き着かれた。
イラっとして口元を歪める。
喰「何するの」
清「アイツと別れるって言うまで離さないからなっ!」
喰「……」
嗚呼、もうホントに…
喰「ハァ…。……義兄さん」
清「!なに??」
喰「すっごく不愉快だわ」
ドゴッ!
清「ぐえっ!」
肘打ちを食らわせれば、カエルが潰れたような声を出して、その場にお腹を抱えて蹲った。拘束を逃れた私は、苦痛に端整な顔を歪めている兄を嘲笑ってから、その場を後にした。
こんなに走ったのはいつぶりだろうか。
ヒールがあるから走り辛くて、いつも通りの速度なんて出ない。倍疲れる。
兄の邪魔さえなければ、余裕で時間に間に合っていただろうに。
既に10分の遅刻。
待ち合わせの場所が見えてきた。
遠くからでもわかる彼の姿に、口元が綻ぶ。
喰「礼司!」
私の声に応えるように柔らかい笑みを浮かべてくれた。勢いのまま彼に抱き着くと、優しく抱きとめてくれる。
宗「君が遅刻なんて珍しいですね」
喰「それが、兄に捕まってしまって…遅れたの。ごめんなさい」
宗「フフ…そんな事だろうと思いましたよ。よく、逃げて来られましたね」
喰「うんっ!頑張ったのよ!」
褒めて褒めてというように、胸元にぐりぐりと額を押し付けると、その大きな手のひらで頭を撫でてくれた。
宗「さて、そろそろ行きましょうか」
喰「うん!」
差し出された手に指を交互に絡めて、歩き出す。学校の話を主に会話を弾ませながら、少し遅くなったデートが始まった。
(くっそぉあの優男、僕の可愛い乃蒼を誑かしやがってぇ!許さんっ!)
妹のデートも監視する兄でした。
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