エアヘッド・コンフォート



扉を開けた瞬間に、酷い冷気が俺の体を包み込んだ。思わず身を震わせる。冷房効きすぎだ。俺は部屋の住人に声をかける。彼は夏だというのに毛布を何重にも巻き、なおかつ小動物のように丸まって震えていた。

「遊星、寒い」
「冷房を切れ」
「切り方を知らん」

ジャックは唇を震わせながらも尊大に言った。俺はリモコンを操作して冷房を切る。それでもしばらくは寒いままだろう。窓を開けようとする手をジャックは止めた。「開けると暑い」俺はしぶしぶ手を離す。
冷たい手だった。唇も変色している。
よくシティの人間は彼の世話をしたものだと思った。まさに温室育ちといった言葉がぴったりだった。ふざけるな彼は俺と一緒に育ったというのに。
ジャックはまさに人形だった。飼われたカナリアだった。その証拠に彼らはただ餌を与え寝台を提供し王の座を渡しジャックからこの世で生きる知識を全て奪ってしまった。彼らの庇護なしでは生きられないようにした。二年間温室で育てられた彼はもう二度と野生には戻れなくなっていた。俺はそれが悔しかった。

「…だるい」
「体を冷やしすぎたんだろう」

気だるげに唇を動かすジャックを毛布越しに抱き締める。額をつけるとやはりどこもかしこも冷たくなっていた。シティではジャックは生きられない。そんな考えが頭をよぎる。サテライトではあんなにも強かったジャックはシティに行き、王者となり、俺に負け、牙を抜かれて。

「冷たいな。こんな所、さっさと出た方がいい」
「……遊星?」

抱き締める腕に力がこもったのをジャックは不審そうな目で見ていた。

「昔はこんなの無くでも良かっただろ」
「あ、あぁ……サテライトには無かったしな。……なぁ遊星」
「どうした?」
「その、腕が……強くて、痛いんだが」

そうして居心地悪そうに身動ぐジャックに、俺は更に力を込める。

「ジャックは、サテライトが嫌いだったか」
「いきなり何を言う」
「嫌いだったから、サテライトを出ていったのか」
ジャックはしばらく視線をさ迷わせた後に「………嫌いだ」ときっぱりと断言した。
「あの頃お前はDホイールを完成させるという目標があった。クロウには子供達を育てる目標があった。だが俺は……俺には何がある?デュエルしか能のない俺が……、」ジャックは顔を覆った。くぐもった声が鼓膜を揺らす。「サテライトにはもう強い者はいなかった。だから俺はシティに行った……」

「テレビに映っているお前は、いつもつまらなさそうだった」
「例え道化だったとしても後悔はしていない」
「俺は、そんなお前を見るのが辛かったんだ」

俺が弱いから、ジャックはシティに行った。俺はシティへと逃げる足を作ってしまった事を悔やみ、サテライトよりシティを選んだお前を恨んだ。彼は、俺達の町を捨てた。ジャック、シティには何があった?お前の望む強敵には会えたのか?ブラウン管の向こうのお前はいつも馬鹿馬鹿しいといった顔で勝利を讃えるフラッシュライトの奥に姿を消した。

だから待っていたんだろ。俺を。

「俺は、わりと好きだった。サテライト」
「それは、お前だけだ……」

蚊の鳴くような声でジャックは呟く。それに俺は「そうかもしれない」とジャックの頬に触れた。体温はまだ戻っていないが、部屋の空気は大分温くなっている。俺はジャックが巻いていた毛布を一枚ずつ剥がしていった。
わざわざ防寒までしてテコでも動かなかったのは意地なのだろう。まるで聞き分けのない子供みたいだ。嘲笑の意味を込めて笑ったがジャックにはそれが自分を心配する苦笑に見えたらしい。肩に頭を預けて、しまいには「すまなかった」なんて謝ってきた。俺はその空っぽの頭を軽くぽんぽんと叩く。ああ、なんて可愛い愚かなジャック。
だから今度は俺に飼われていることも分からない。
食事を与え寝台を提供し、王の座はさすがに無理だから、その代わり出来る限りの望みは叶えた。シティの人間にはなつかなかったそうだが、ジャックは気紛れに俺のためだけに鳴いてくれる。

「いいんだ。今はお前が側にいるから」

それでもやっぱり彼は意地っ張りだ。俺が王座から解放してやったというのにまだ王の称号に引き摺られている。この街が彼を無理やり王にする。元、なんて酷い称号を頭に乗せて。
でもジャックは逃げることなんてしない。いくら体が冷えても、居座ろうと躍起になる。意地だからだ。
きっと明日もそうなんだろう。


戻れたらいいのにな。


殴られるからそんなことは言わない。けれど、間違いなく、彼はサテライトにいた時が一番強かった。





100814
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