だめだこいつら早くなんとかしないと




ジャック・アトラスの愛車であるホイール・オブ・フォーチュンは、持ち主に似て溢れる気品と、高潔さを兼ね備えた名器だった。ただ持ち主と違う点は、決してあのように自らの容姿や能力を鼻にかけることははなく、あくまでも気高い性格をしているということである。そして自分を嫉妬の捌け口として殴ったりはしない。彼女は、自分が他の機体に現を抜かしている時でも横目でそっと伺い堪え忍ぶ(ように見える)謙虚ささえ持ち合わせていた。そこがますますいじらしく、彼女を魅力的に見せているとブルーノは思う。「Dホイールは持ち主に似る」というのはブルーノのかって知ったる持論だが、ジャックとホイール・オブ・フォーチュンにだけは全く当てはまらないと考えていた。


そうして今日、彼はついに発見してしまったのである。
エンジン部のメンテナンスをしている途中であった。ブルーノがホイール・オブ・フォーチュンに触れることをジャックは酷く嫌がっていたので、こうやって一人で動力部に触るのは実は初めてである。
こうなれば細部まで観察させてもらおう、だとかそろそろ外側も修理した方がいいんじゃないかな、だとかそういったことをつらつらと思いながら恥じらう(ように見えた)彼女をなだめすかしプロテクターをそっと取り外して、彼女の整然と並んでいる部品を一瞥してはたとあることに気付き「ん…?」と首を捻った。
言うまでもなくホイール・オブ・フォーチュンは見た目だけではなく中身も最上位の鉄鋼を使用している。ネオドミノシティで最高品質のDホイールを輩出している大手メーカーにオーダーメイドした特注品で、だからこそその心臓部分とも言えるエンジンがよく見れば年期を重ねた古い物だということに疑問を感じたのである。例えるなら若者の群れに一人だけ放り込まれた老人のような印象だ。ブルーノはそこを、まるで思春期の少年が初めて乙女の身体に触れるような手付きで恐る恐る撫でる。機械的に生産された物でないのは一目瞭然だった。部品の長さが調節されていることから、元は別のDホイールのエンジンだったのかもしれない。丹念に削られたその断面を、ブルーノはどこかで見たことがあった。

「おい」

ぽん、と肩に手を置かれてブルーノは飛び上がるほど驚いた。
だが、それは向こうも同じだったらしい。滅多に開けない口をぽかんとあけて「驚かせてしまってすまない」と青年は謝罪した。

「なんだ、遊星か。どうしたんだい?」
「あぁ…、いや、ジャックが良く許可したなと思って」

遊星はそう言いながら手元のノートパソコンに表示されたグラフを覗き見た。「いい数値じゃないか」遊星はそう評価したあと「……何か問題が?」と深刻な表情になる。
「問題はないんだけど、うん」ブルーノは後ろ手でそっとハッチを閉めようとした。今更ながら危機感に気がついたのである。
遊星が帰ってくる時間なら当然、ジャックももうじき帰ってくるに違いない。勝手にDホイールに触った事が知れたら、彼はまた癇癪を起こすに決まっている。うん、やっぱり彼はホイール・オブ・フォーチュンとは全く似ても似つかわない!彼女はもっと謙虚でクールなのだ。主の我が儘(という名の荒運転)にも寛大に付き合う忍耐力も持ち合わせている。どちらかといえば、ジャックよりも遊星に似た……遊星に、似た?

「……いいよな」
「え?」

突然の言葉に、ブルーノは聞き返してしまった。遊星はホイール・オブ・フォーチュンから目を離さずに「いいよな」ともう一度言う。
その時ブルーノは確かに同類の匂いを感じた。ただの機械好きではなく、そのなんかアレ的な感じの機械好きだ。もしかして、という期待を込めて遊星の表情を伺うが、顔面鉄面皮の感情を読み取るにはなかなかにコツがいる。

「綺麗だと思わないか。それに、ジャックに似ている」

メンテナンスハッチを撫でながら遊星はぽつりと漏らした。その手つきはひどく優しい。ブルーノはあぁそうだねホイール・オブ・フォーチュンはまったくもって美しいよその品位ある佇まいと玄人向けのデザインは称賛に値する見た目も色だけなら似てると思うよ性格はやっぱり似てないと思うけど…を縮めて「あぁ、そうだね」とだけ同意した。

「……昔、俺が初めて作ったDホイールも、白だったんだ」

「それは遊星の、」前妻かい、と口走りそうになって慌てて口をつぐみ、「……ジャックが、乗っていった、Dホイール?」と軌道修正した。「あぁ」と遊星は頷く。

「もう壊れてしまったらしいが」

だが、と遊星は懐かしむような顔をしてハッチを開けエンジンに手を伸ばした。そうして唇の端をちょっとだけ持ち上げる。つまりは、笑ったのだ。

「これは、そのエンジンだ」

なら、俺の遺伝子を受け継いでるということにならないか?


遊星は平然とそう言い切った。
なんというか言葉に出さないだけであって遊星は元々、サテライト時代からこういう人間だった。情が移るタイプというかまぁ本質的には自分の作品を我が子だとか娘だとか言う芸術家と変わらない。ただ寡黙さが幸いして今のところ、機械に詳しいハイスペックイケメンとして認識されているに過ぎないだけである。あえて言わせてもらおう、この界隈(と書いてジャンルと読む)には残念なイケメンしかいないということを忘れてはならない。
普段からDホイールをそう言う目でしか見てないブルーノにとってこれは朗報だった。勢いよく立ち上がり「その通りだよ、遊星!」と右手を差し出した。「わかってくれたか。さすがだな、ブルーノ」と遊星も応じる。クロウ辺りが見たらもうやだこのメカオタと嘆きそうなところだが、あいにくツッコミ仕事人はデリバリー中だ。
ついでにブルーノは何故あんなにもジャックがホイール・オブ・フォーチュンに似ていない理由もわかってしまった。ホイール・オブ・フォーチュンを構成する要の部分は遊星の物であり、だからあんなにもジャックの高潔さと遊星の性格を色濃く兼ね備えているのだ。あぁそうか、そうだったのか!

「ホイール・オブ・フォーチュンは、君達の子供みたいなものなんだね!」
「あぁ。俺と、ジャックの愛の結晶だ」

さて、そろそろ人間を踏み外しかけている会話を二人が繰り広げているガレージの外では、お約束のようにジャックがどさりと買い物袋を落としたところだった。卵がぱりぐしゃぁと断末魔をあげ全滅したがジャックには気にしている余裕なんかない。


遺伝子?子供?誰の?
……俺と、遊星の、だと!?


ジャックが初期遊星号のエンジンをホイール・オブ・フォーチュンに搭載したのは、そのエンジンが高性能だったからだ。確かに遊星との繋がりをまだ完全には立ち切られなかった、というのもあるし、あのパイプラインを通り自分をシティまで無事に連れてきてくれたDホイールに敬意の気持ちもあった。サテライト出身であることを知られないために、あのDホイールは壊してしまいなさいと一方的に指図するゴドウィンに歯向かいたいという気持ちもあったかもしれない。なのに、よりにもよってあんな紆余曲折した解釈をされるとは二年前の俺も予測できなかっただろう。というか予測したくもない。俺は悪くない。
まぁやっぱりお約束のようにばっちり全部聞いてしまったジャックがやるべきことは一つしかない。ジャックはうわあぁぁと叫びだしたい衝動を必死で自粛し踵を返していつもの喫茶店へとリターンした。
その日のブルーアイズマウンテンの売り上げは、いつもの倍の数値を叩き出したという。





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