後日談





「ええい、貴様、いい加減にせんか!」
ジャックは怒りもあらわにさっきから顔の傷を構いたがる遊星を視線を一喝した。だが、とそれでも遊星は食い下がる。はっきりいって、しつこい。そして怖い。
さっきから無言で消毒液だの絆創膏だの挙句の果てには包帯だの、この粘り強さはいったいどこからくるんだ!
「ジャック、お前は怪我をしている」
「かすり傷だ」
「頼むから治療させてくれ」
「こんな物、舐めておけばすぐに治る」
さっきから会話はこのような平行線をたどるばかりだ。
遊星は異世界から帰ってきた怪我だらけのジャックが心配で心配でせめて治療させろ、との一点張りだし、ジャックとしては散々迷惑をかけておいてこれ以上借りを作りたくないという思いからこうして押し問答を繰り替えすことになっている訳である。
だが、ここにきてようやくジャックの言葉に遊星が初めて反応をしめした。
「……舐めればいいのか?」
思いっきり嫌な方向に全反射した。
「待て貴様どこをどういじくったらそんな解釈になる」
ジャックは上体を捻って遊星の手から標的となった顔をかわす。と、遊星の視線がある一点に止まった。ジャックの白い首筋。そこを見てまったくうんともすんとも言わなく、いやむしろ動かなくなってしまった遊星を見てジャックは首を捻る。
「ジャック」遊星が唸った。「これ」
「ん?」
「………虫じゃないな」
遊星はチョーカーをずらし、ひたひたとその下の皮膚を触った。あ、と途端にジャックの脳にもそこに何があるのか思い出す。


キスマークだ。


あっちの世界の遊星につけられた、痕。いやしかしあの時はそれ以上に、と脳が言葉をつむぎだすついでに、あの唇の感触も思い出してジャックは思わず唇を隠す。
「それは」
まずった、とジャックは思う。遊星は酷く険悪な表情でこちらをじっと見つめていた。ジト目なんて可愛らしいものではない。表情の読めない分、何を考えているかわからない青い目はジャックの恐怖心を誘った。
う、むこうの遊星め、なんて事をしてくれた…!
ジャックはこっそり歯噛みする。だが、今更嘆いてもしかたない。気づかなかったジャックにも非はある。
すぅ、と遊星の目が細くなった。「ジャック」搾り出すような低音は絶対怒っている。
弁解なんてしようものなら今すぐここで張っ倒されてもおかしくないほどの眼光だった。
その目に燃えるのは、怒りと、悲しみと――。


ああ、とジャックは合点した。


(…そういう、ことか)


ジャックは遊星から視線を外すとぱちん、とチョーカーを外した。白い首筋に浮かぶ赤い印が露になる。遊星の眉がひそめられた。
その表情を気にも留めず、むじろ楽しんでいる様子でジャックはキスマークを指でなぞった。
「可愛い嫉妬じゃないか、遊星」
「……悪いか」
遊星はジャックの耳元で囁いた。獣が牙を剥く。薄皮にあたる歯牙と、顔にかかる髪のむず痒い刺激にジャックは遊星の後頭部に手を添えた。
「自分に嫉妬とは、滑稽だなぁ」ジャックはまるで駄目な子供を甘やかすようにその頭を撫でた。先ほどまでとはまったく違う道化のような態度に遊星は困惑する。だが、まずは印を上書きするべくそこを強く吸った。う、とジャックが一瞬たじろぐ。
「そうか、俺か」
遊星は唇を離してそうか、と繰り返した。
去り際に、自分と同じDホイールに跨りジャックに手をふった、自分とそっくりな男。むしろ自分の分身といっても過言ではない。そうか、あの男が不動遊星か。この印を残した、俺か。


どうやら独占欲までも自分と同じらしい。


「教えてやろうか、向こうの世界の遊星がどんな男だったか。知りたくはないか?」
ジャックはここぞとばかりに遊星の嫉妬心をあおってきた。きっとこの鉄面皮を剥がす作業が楽しいのだろう。意地の悪い男だ。それもきっとジャックのペースにはまってしまったからだろうと思う。
遊星はジャックに合わせるフリをして、この状況を打開しようと頭を働かせた。
「……興味は無い、といったら嘘になる」
遊星は言葉を続けながらジャックに顔を近づけた。その顔は既に笑っている。その笑みがあまりにも勝者の笑みに似ていることにジャックは嫌な予感がした。
「ジャックを前に、俺はどんな反応をした?」
ジャックの筋の通った鼻へ小さくキスを落とす。羞恥からジャックは顔を背けた。
あらわになった耳を優しく食む。
「こうした?」
目を瞑っているから、遊星は唇の感覚だけでジャックの口内へとたどり着く。まずは閉じたジャックの唇を溶かすために薄いそこに吸い付いた。
大抵ここでジャックは真っ赤になってしまう。透き通るような肌に赤みが差すのをみるのが遊星は好きだった。
「ジャック、顔真っ赤」
そういうと遊星はジャックの両頬を掴んで少々乱暴に口付けた。舌を伸ばして口腔を蹂躙する。性的な接吻に唇の端から透明な液体がこぼれ落ちた。それさえも舐め取る。
からかいすぎたとジャックが思った頃にはもう遅い。
「お前はここが一番感じるんだよな」
歯列をなぞり、舌の先でちょんとつつく。はぁ、とジャックが軽く息を漏らした。
興奮した男の吐息に遊星はいくらか気分を良くした。
「ひ、卑怯だ」
「なにがだ?」
呂律の廻らない舌でジャックはなんとか言い返すが、ばっさりと切り捨てられる。ジャックは抵抗と名づけるのにも生温いぐらいの緩慢な動きで遊星の胸を押しのけた。
「はぁ、……ま、満足したか」
「した」遊星は欲情に塗れた目でジャックの首筋をみる。皮手袋を脱ぎ、印を指でなぞった。「まだ答えを聞いていない。どこまでされた?」
まるで子供の嫉妬だとジャックは思う。
遊星の仮面をまた一つ引っぺがした気分だ。一見クールに見えて激情家。心配性で仲間には分け隔てなく優しくするくせに、仲間が傷つけられたり領分を侵されると敵意を向く。ついでに、独占欲も強い。
これが不動遊星だ。
ジャックが唯一ライバルと認め、愛した男。


「さぁ、教えてもらおうか」


遊星はベッドの上にジャックを押し倒して、首筋にもう一度唇を寄せた。あれだけ治療させろと散々喚いたくせに、とジャックは言おうとして結局やめる。
そのかわり、ジャックも遊星の背中に手を回した。暖かい布の温度に安堵していると、ちゅ、と軽く吸われそこを舐められる。


キスマークは相変わらず一つしかない。



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