3
覚めていく夕食を、遊星は見つめていた。
空いている席。
ジャック・アトラスが座るべき席には、誰もいない。
遊星は冷めてしまった食事を下げる。時計を見る。8時をすぎていた。病み上がりだというのに、食事も取らずどこへ行ったというのだろう。
約束しているのに。
遊星は不安を押し殺し机に座りなおす。
「ジャック・アトラス……」
そっと名前を呟く。
静かな部屋に自分の声だけが木霊し、急に恥ずかしさを覚えた遊星は口を押さえた。それでも唇は名前を呼ぶのをやめない。
「……ジャック」
なぜこんなにも気になる。こんな事は今まで無かった。昼間、セクトと一緒にDホイールの調整をしていたときも、D1グランプリに向けた練習の中でも、気がつけばあの金髪の男を思い出していた。
綺麗だと思った。
白い肌に紫の瞳。
遊星の中で、そのデュエリストは時に仲間を枷だと叫び、かと思えば仲間を想う声色で自分の名前を呟いた。そのたびにどうしようもなく心臓が鼓動を早める。
(あいつは――あいつも、寂しいんじゃないのか)
遊星が『仲間』という単語を出した瞬間のジャックの顔を、遊星は今でも覚えている。自分に言い聞かせるように執拗に仲間を批判するジャックは、確かに憎しみに満ちていた。
だがそれも本心の裏返しではないのか。
似ていると、ジャックは言った。
オレと、ジャックの世界の不動遊星が似てるなら……、あいつも。
王であるジャックも、似ているんじゃないか。
孤独を恐れる、ジャック・アトラスに。
わかっている。彼は別人だ。
遊星は首を振る。
「ジャック」
どっちを呼んでいるか、わからなくなった。
「そんなに呼ばずとも、聞こえている」
「…あ、あぁ」
遊星は振り返った。そこにはこちらの世界の人間ではないジャックが戸口にもたれ掛かって遊星を見ていた。
聞かれていた?
遊星はとっさに弁解の言葉を組み立てようと口を開くが、言葉が見つからず一番最初に頭に浮かんだ言葉を発する。
「お、おかえりジャック」
余計恥ずかしくなった。これではジャックの帰りを待ちわびていたようではないか。いや、実際待っていたのだが。
どうしてこうも言葉に出すと、違和感を感じるのだろう。
この言葉は、オレがかけてやる言葉ではないのではないか。
だがこちらの動揺をよそにジャックは「ただいま、遊星」と返事をして、涼しい顔をして机の上に視線を走らせた。そして皿も何も乗っていないことをぎっと片眉を吊り上げる。
「む、飯は」
「遅いから、さげてしまったぞ」
「なんだと」ジャックは絶句する。「すぐに用意しろ!」
なんならカップラーメンでも構わん!と豪語するジャックにむかって、ちゃんと飯はあるから座ってくれと頼む羽目になった。
(なんだか、これって)
ジャックの食事を用意しながら、くすぐったいような気持ちに思わず手を口にやる。そこで始めて、自分が笑っていることに気がついた。自分自身でも驚く。
出会って間もないと言うのに、ジャックと会話できることが嬉しい。
出会った当初の感情からまるっきり違う自分の気持ちに遊星はゲンキンなやつだと苦笑した。
でも、いつかは自分のあるべき場所へ帰ってしまうのだろう。
帰りが遅くなったのも、必死に帰る方法を探していたからだと推測する。
嫌だと思った。
もっとジャックと一緒にいたい。
ジャックに触れたい。
背後を向いていた遊星は知らなかった。ジャックが同じように指を唇にあてていることを。だが、その顔は遊星とは違い苦悩に満ちている。
「ただいま、か…」
どこか落胆の色を思わせる紫の視線は、遊星の背中を焦がすほどに熱っぽかった。
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100725