ローリンキング
※暴力表現あり




ジャックはその日も傷だらけだった。金髪に凝固した血液がくっついている。肌から覗く白い肌はきっと痣だらけなんだろう。骨が折れていないだけマシだ。「遊星、水は無いか」ジャックはそういってぼたぼたと床に足らしている鼻血を拭う。遊星はパソコンの画面から眼を離して席を立った。「ある」
「今日は大変だったぞ、遊星!8人、いや9人だったか。だが、数だけそろえても無駄だな」
「大丈夫か」
「問題ない」
ジャックはそれはそれは愉しそうに笑う。あの最後のおびえきったやつの顔は傑作だったな、お前にも見せてやりたかったぞ!遊星が水を取りに姿を消してからも、その声は朗々と響いてきた。流石にナイフを出されたときは焦ったがな、服も切られた。なかなか気に入っていたというのに。仕返しに、鼻の骨を折ってやって、ドブ溝に捨ててきた。汚らわしい手で俺を掴みおって。俺はあいつらとは違うんだ。おい、聞いてるのか、遊星!
「聞いている」
「そうか。それならいい」遊星はコップ一杯の水をジャックに渡した。ジャックはそれを飲み干しながらジャック品を漁って拾ってきたパイプ椅子に座る。「遊星、こいつ、ガタガタだぞ」ジャックが座り心地の悪さに顔を顰めた。「問題ない」遊星は返事もそこそこに、ぼろ布でジャックの顔に付いた血液をふき取っていく。
「もう少し、優しく出来ないのか」
「お前が毎日怪我を増やさなければ、やってる」
「仕方ないだろう、いつも喧嘩を売られるのは俺だ」
嘘だ。
出会いがしらに殴ったり、わざと相手を挑発したり、先に手を出しているのはジャックだ。だが遊星は黙っている。髪に付いた干からびた血を適当に払いのけ、ティッシュを丸めてジャックの鼻梁に詰める。だがジャックは嫌がってそれをすぐに外した。広範囲に広がる頬の擦り傷は、水で消毒するだけに留めておく。ガーゼも包帯もジャックのせいで残り少ない。それに、仲間がいると言うのにジャック一人だけで消費させるわけにはいかなかった。
「ジャック、脱げ。どうせ顔の傷だけじゃないんだろう」
ジャックはにやりと口の端を歪め、羽織っていた白いコートを脱いだ。「色気も何も無いな」シャツを脱ぎ捨て、遊星の眼前に肌身を晒す。柔らかく筋肉に沿って隆起した白い肉体に、絵の具をぶちまけたような青や赤の痣が転々と散らばっていた。「ここと、ここ。あぁ、これは昨日だったか」まるで戦利品を自慢するかのようにジャックは痣を指差し、満足げに笑み浮かべた。左腕は大惨事だった。服を切られただの言っていたが、しっかり肉まで切られていた。まるで両腕に赤い痣が浮かんでいるようで思わず遊星の手にも力が篭る。遊星、痛いぞとジャックが文句を言った。痛い?当たり前だ、こんなにも血を流して。そんなの、当たり前だ!的外れた言葉についに遊星の中でふつりと我慢の糸が切れた。
「もう、いいだろう!」遊星は荒々しくジャックの肩を掴み困惑しきった紫の目を見つめた。遊星の豹変に驚いたというより、本気で何を言っているのかわからないという態度だった。それが遊星の気にますます障った。
「お前は何がしたいんだ!ジャック、俺はお前が理解できない!痛いならわざわざ喧嘩なんて吹っかけなくてもいいじゃねぇか!!」
「……遊星」
「毎日毎日傷を見せ付けられる俺の身にもなってくれ。止めればいいのか?それとも、加勢すればいいのか?なぁ、ジャック!俺は、お前と一緒ならなんだってやってやる。それが間違っていたとしてもだ!だから、俺の見えないところで勝手に行動するのはやめろ。やめてくれ」
「遊星」
「俺に、………もう人を殺させないでくれ」
遊星はジャックの頭を抱きこんだ。酷いエゴだと思った。遊星が鬼柳の事を言っているのは解っている。鬼柳を見限り、結果鬼柳が命を落としたからこそ遊星はジャックを見放せないことも知っている。ジャックは腕を伸ばして遊星の背中に手を添えた。血が染み込み遊星の背中を濡らしていく。
「もう、いいだろう」今度はジャックが同じ台詞を呟いた。「遊星、一年だ。そろそろ鬼柳を引きずるのは疲れたんじゃないか」瞬間、ジャックは床に引き倒されていた。後頭部を思い切り打ち付けたらしい。一瞬頭が真っ白になる。衝撃で止まっていた鼻血がまた出てしまった。遊星がものすごい剣幕でジャックを睨みつける。
「俺は、忘れることはできない。鬼柳が許してくれない」
「馬鹿だなあ、遊星」鬼柳は俺達を許すことさえ出来ないというのに。だってもう既に彼は死んでいる。「お前は結局なんにも出来ないんだろう?」
「そんな、」ことない、と続く筈だった言葉をジャックは奪った。
「それなら今すぐここで俺を手酷く抱いてみせろ」
「な」遊星はうろたえた。「何を言ってる」
「そろそろ暴力にも飽きてきたところだ。遠慮はいらんぞ。それとも出来ないのか」
察知した。遊星と同じようにジャックもまた自分を傷つけたがっている。手首を刃の下に晒している。以前はそれは、名も知らぬ男達の暴力だった。そして今、そのナイフに遊星が選ばれようとしている。
ジャックは鼻で笑った。
「出来ないだろう。臆病者め」
「俺は、」
遊星はジャックの頬のガーゼを無理矢理引き剥がした。黙っていてほしかった。いつだって己の心を掻き乱す煩い男に。「俺は……」そのまま傷に直接触れた。ぬる、と遊星の指にジャックの血が付着する。綺麗な桃色の肉に緋色が滲み出してきていた。そこを舐める。
バシッ、と気味のいい音がなった。頬を張られたのだと遊星は推測する。頬が熱かった。それ以上に血液が沸騰していくのを感じる。
「それで俺が許すとでも思っているのか。もっと俺に本性を見せてみろ。偽善者の皮を脱ぎ捨ててみせろ!」
「黙れッ!」
荒々しい挑発を垂れ流し始めた唇に指を突っ込み言葉を塞ぐ。頭を押さえ付けると形の良い耳が露になった。穴が空いていたことに気付いた。ジャックがいつどこでピアスホールを空けたのか遊星は知らなかった。噛み千切らない程度に噛んでやるとジャックがくぐもった声で呻く。痛いか?俺だって胸が痛い。だからもっと痛がればいい。そうだこれは罰だ。遊星は視線をさ迷わせるジャックにそう吐き捨てた。だが、答える余裕はないらしい。鼻からの流血と口を塞がれたことによって息絶え絶えになっていたからだ。「酷い顔だな」指を抜くと犬のようにだらだらと涎を足らしながらジャックは遊星を睨み付ける。生理的な涙が紫の眼からこぼれ落ちた。ああその顔といったら!先程まで遊星を支配していた罪の意識など霧散してしまうほどだった。それに暴力の快楽に身を任せるのは楽だった。何よりも鬱屈した感情を解散してくれる。
「もっと酷くしてもいいか。いいよな。誘ったのはお前だ」
おそらく、ジャックは首を縦に降るだろう。降ったら、ジャックの体に傷を残した男達となにも変わらないところまで落ちたということだ。だが遊星はそれで良かった。知らない誰かにジャックを傷つけられるくらいなら自分がやるしかないと思った。まったく歪んでいる。いや、まだだ。自分が歪んでいないと思ったその時が、本当に歪んでしまった時なのだろう。鬼柳京介のように。そして目の前の男のように。

「そうだ」

そしてジャックは、ゆっくりと首を降った。




100715
ローリンガール/wowaka

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