たくさんの色に囲まれて
太陽の下で燦然と輝く白を基調とした翼は、ポッポタイムのガレージに備え付けられている安っぽい蛍光灯の下でも立派なプレイ・オブ・カラーを体現してみせた。戯れの様にその表情を変える色彩を遊星はわずかに頬を緩めながら眺め、そして浅黒い指でゆっくりとその翼を撫でた。アキが遊星、と小さく呟く。その顔はすっかり沈んでしまっていた。
「私、どうしたらいいのか……」まさかこんなことになるなんて、とアキは腕の痣を上から押さえた。大丈夫だ、と遊星は答える。その言葉に同意するように遊星の龍、スターダストドラゴンがふわりと翼を揺らした。ソリッドビジョンでも、ホログラムでもない実体の翼から発せられる風圧はいとも簡単にガレージに集まった人々の衣服を揺らしていく。「とりあえず、だ」遊星が切り出した。
「まずは原因を追究しないか」
遊星がそう提案してから数十分後、おそらくスターダスト実体化の原因はWRGP予選、対ユニコーン戦の時にアキの手によってスターダストドラゴンが召還されたことだという結論に達した。Dホイールに乗ったままの召還だったということも理由の一つかもしれない、とブルーノが付け足す。「モーメントについては、まだ良くわかっていない部分が多いんだ。その不確定要素が、サイキックパワーと絡むところがあったのかもしれない」まぁ想像だけど、とブルーノはノートパソコンの蓋を閉じた。「で、解決策は?」クロウが身を乗り出して聞く。
「いや、それはまだわからないんだ」
「結局、何一つ進展してないではないか」
ジャックは腕を組んで随分と尊大に鼻で笑った。自分は何もしなかったくせに、とクロウが睨み付けるがそんなことを気にもとめずジャックはスターダストドラゴンの翼に触れようとする。が、それを龍はつい、と自然な動作で避けた。(あ、嫌われてる)そりゃむりやりシティに連れて来られたり数メートルの距離をキャッチ&リリースで投げられたり挙句の果てにはぞんざいに机に叩き付けられたりもすれば恨みは嫌でも積もるだろう。ジャックはふん、とスターダストドラゴンに背を向け十六夜アキと対面する。
「十六夜!」
「なに、ジャック」
「俺とデュエルしろ。ただし、貴様のエースと俺のエースを交換して、だ!」つまりは、羨ましくなったらしい。えぇー何言ってるのジャック、と止めるブルーノを視線で黙らせ、ジャックはアキを連れガレージの外へと出て行ってしまった。
「……俺、買い物行って来るわ」
「あぁ、いってらっしゃい、クロウ」
クロウは簡単に今晩の祝賀会で出す予定の料理を確認すると、ブルーノを連れて材料を買いにガレージをでていってしまった。時間を持て余すことになった遊星は、とりあえずDホイールの調整を始める。
「遊びに来たぜー!」「お邪魔しまーす」
と、作業に取り掛かろうとしたそのとき、龍亞を筆頭にデュエルアカデミア制服を身に纏った少年少女たちが勢い良くガレージに入ってきた。そういえば今日は彼らが来る日だった、と遊星は思い出す。彼らは、皆一様に遊星の名前を呼び、続いてガレージの奥で頓挫しているスターダストドラゴンを見、うわぁぁぁあああ、だのぎゃあぁぁあ、だのと驚きと歓喜の入り混じった悲鳴を上げた。「遊星遊星ぇー!」と龍亞がパニックを隠さず遊星の背中に飛びついた。
「これ、スターダスト!?ホンモノ!?」
「あぁ」
「さ、触ってもいい!?」
「ちょっと、龍亞!」
龍可が遊星の背中にしがみついている龍亞をとがめた。「いーじゃんいーじゃん!だってスターダストだぜ!?ホンモノだぜ!?」と龍亞はまくし立てる。興奮しきっているせいで遊星の背中をがくがくと揺さぶっていることにも気がついていない。「もー、皆もなんか言ってよ!」と龍可は周りの同級生に助けを求めるが、「すげぇ…」「すごく綺麗…!」と輝くスターダストドラゴンの姿に魅入ってしまっている。スライなんかは魂を抜かれ、まるで彫像のように直立していた。
「ゆっくり触ってやってくれ」
「やったー!遊星ありがとー!!」
遊星の言葉に、子供たちはわらわらとスターダストドラゴンの周りに集まった。「すげー羽キレー!」「うろこうろこ!うろこ触っちゃった!」と感動しきっている彼らを見ながら、遊星は隣の龍可に声をかける。
「いいのか?」
「うん。いいの」眺めているだけで満足だから、と龍可が笑う。
「驚かないのか」
「最初はびっくりしたけど、外でレッドデーモンズが実体化してたの、見たから」
「そうか」ジャックはレッドデーモンズドラゴンの召還を許してしまったんだな、と遊星はこっそりと思った。それと(おそらくアキのことだから加減はするだろうが)レッドデーモンズドラゴンのあの技はなかなか熱そうだと思った。水を用意しておかねば。遊星は立ち上がり、扉の前でそういえば、と龍可に振り返った。
「龍可は、スターダストの声も聞こえるのか?」
「うん、聞こえるよ」知りたい?と首を傾ける龍可に、「大丈夫だ。だが、羨ましいな」と遊星は少しだけ微笑んでみせる。
「わかったぞ、遊星!」体から黒煙を立ち昇らせながらジャックはガレージへ入ってきた。アキもその後ろをついてくる。「ジャック、水」「いらん!」遊星がバケツ一杯に汲んで来た水を一蹴しながらジャックは机の上の遊星のデッキを手に取った。アキが遊星に説明する。
「ジャックのレッドデーモンズドラゴンも、デュエルが終わったのに実体化したままだったの」
「なんだって?」
「力が不安定になっている……こんな事は、今までなかったのに」アキは苦し気に眉を潜め、地面に視線を落とした。いつかのように力が暴走してしまうのではないかと恐れているのだろう。遊星はなるべく語調を和らげ問いかけた。
「その、レッドデーモンズはどうなったんだ?」
「ジャックがもう一度カードを取り替えて、自分の手で召喚したの。そしたら、戻ったわ」どうやら、他人のモンスターを召還するとダメみたい、きっと馴染んでいないのね。とも付け足したところで「あったぞ!」とジャックがスターダストドラゴンのカードを遊星に渡した。
「え、もう戻しちゃうの?」龍亞が遊星の手元にあるスターダストドラゴンのカードを覗き込む。まぁ、ちょっと窮屈そうだったからなーと龍亞はスターダストを仰ぎ見た。首を曲げたスターダストはのびをするように翼を広げる。
「じゃあさ、次は俺のパワーツールドラゴンを実体化してよ、アキ姉ちゃん!」
「龍亞、さっきの話聞いてなかったの!?」と龍可が叱り付けると「うー……」と名残惜しそうにしながらも龍亞はしぶしぶ諦めた。「じゃあ、今度俺とデュエルして!ライディングでもスタンディングでもいいからーねぇお願い!!」
「ライディングは龍亞にはまだ早いわ」
「それ以前に、アキさんに挑むのも龍亞には早いわね」
「え〜!そんなぁー!」
頭を抱えて悔しがる龍亞をよそに、ジャックは「遊星」とデュエルディスクの起動を促す。遊星は頷き、Dホイールにつないでおいたディスクのスイッチを入れた。モーメントが回りだし、電子音声がデュエル開始の宣言をする。
「スターダスト」
遊星はカードの中のスターダストドラゴンを見て、それから目の前でたたずむ星屑の龍に視線を移した。夕日に照らされその輝きを増したその姿は素直に美しいと思えた。俺のパートナー、スターダストドラゴン。
「ありがとう」
口下手な遊星にはそれしか言葉に出来るものがなかったが、一番大切な思いは言葉にせずとも伝わるだろうと思った。カード達がいつも遊星の期待に応えてくれるように。そう信じたい。遊星にはカードの声は聞こえないが、耳の奥に凛と響く鈴の音が聞こえた気がした。その音に微笑みを残しながら、かけがえのない大切な相棒をフィールドにゆっくりと置いた。
100612
参加
ハロー、マスター!
拝借
虚言症