滞在するメモリ
鬼柳京介という男は間違いなく変わってしまった。一般論で評価すれば、確実に鬼柳はよい方向へ変化した。死を見つめていた目を生へ向けるようになった。あんなに子供嫌いだったのに、今はその子供たちを台頭に町を守る立派なボスとなった。本当に立派だよ、お前。それらの変化はまた、昔つるんでいた俺達への態度へも影響した。…いや、おそらくこう考えているのは俺だけだろう。遊星はわだかまりを解消できさらに仲良くなったようだし、ジャックはまぁ何だかんだ言いつつ適応してきているように見えた。なら俺は?俺ははたして今の鬼柳京介という男を理解しているのだろうか。
「どうしたんだクロウ、さっきからぼーっとして」
寝不足か?大変だろうけどちゃんと寝ろよな、と鬼柳は俺の頬をマーカーを掠めるように撫でた。「俺もかつてのリーダーとしてジャックに働け!って言っといてやるからよ」そうやって以前のお前からは想像もできないような落ち着いた声で笑った。空気は穏やかに流れどっからどうみてもそれは良い雰囲気だというのに、俺の胸中に産まれたのは享楽でも安楽でもない荒れ狂う一つの渦だ。それは先程の疑問に改めてリンクしていく。俺は鬼柳京介という男を理解しているのだろうか。頭の中で反芻すると胸が圧し殺した悲鳴を上げる。それから意識を逸らすために俺は鬼柳の顔を見上げた。
「なぁ鬼柳」
「ん?」
「キスしてぇ」
胸の大渦に目をつぶって俺は何か言いかけようとした鬼柳の唇を塞いだ。昔みたいに喉の奥まで蹂躙し、翻弄するようなキスを期待して、実際鬼柳はその通りにやろうとしたみたいだが、その動きは途中で止まってしまった。いうならば鬼柳は本能を見せるのに躊躇したのだ。一度唇を離して充分俺に酸素を吸わせた後、ゆっくりと快楽を引き出すような口付けを俺に与える。それが終わると、鬼柳はさらに額に一つ唇を寄せた。たまらず髪を引っ張ると狼狽をしっかりと顔に浮かばせながら鬼柳は俺を見る。男の癖にきちんと手入れされた髪は指を逃れようとするが俺はそれを二、三回指に巻き付けることで阻止した。「お前さぁ」口の中が乾いているのに今さら気付いた。
「下手になった。キス」
「……そうか?」
「前は、俺の都合なんかお構い無しだったじゃねぇか」
「それは………悪かった」
「違う、俺が言いたいのはそうじゃなくて」言葉を紡ぎながらくしゃりと顔が歪んでいくのを感じた。「お前は悪くねぇんだ」
そうだお前は悪くない。だが前は、荒々しくもちゃんと愛されていると言う自覚があった。ふらふらになるまで口付けを交わして、何回も体を重ねて、触れあう度に愛の言葉なんか囁いて来たりして。なのになんだよその態度。まるで俺ばっかりが好きみたいじゃねぇか。吐き出したい思いはけれど決して口になんかできない。俺は今の鬼柳を否定したくなんか、ない。馬鹿みたいに優しくなってしまった鬼柳は、まるで自分が悪いというように俺の指先を包み込んだ。巻き付けていた髪がするりと逃げる。
「本当にすまなかった。償えるならなんでもする。もう絶対にお前を傷付けたりしないから」
そうやってお前は俺を抱き締める。たいそう力を加減されたその抱擁は本当に焦れったいものだった。らしくない。物足りない。鬼柳、と呼べばすぐさま「苦しかったか?」と体を離そうとした。離れていく肩口を見ながらあの頃に赤く染めた細胞を探したが、当然のようにどこにも見当たらなかった。
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