星蝕の日に



ドーマルディというのを知っているか。
真っ直ぐな視線と言葉を遊星は投げ掛けてきた。人との意志疎通がなによりも苦手なこいつは舌よりも眼の方が饒舌に語る。夜だというのに紺青の眼はまるで光を放って燃えてるように見えた。しかしそこに覗くちらちらと哀れみの色をたたえた色は酷く癪だ。

「どういう意味だ。」

不快感を露に聞き返す。こんなくだらないことを質問する為にわざわざ来たのか。「じゃあ、偽王というのは」遊星は表情を変えない。容赦なく苛立たせてくる質問から思わず左手の指が玉座の肘置きを引っ掻いた。メッキが剥げ鉄骨が見えた其処を。爪と肉の間に錆が付着する。きっと指先には既に鉄の臭いが染み付いてしまっただろう。遊星はそれをも見ていた。見ているだけだ。埒があかない。

「質問に答える義務はない。」

「確かに、そうだ。だが俺は……」遊星は一瞬言い淀む。今までの様な湾曲した言葉ではないからこそ口にするのを躊躇った。その間、7秒。遊星の薄い唇から得体の知れない言葉が出てくるのを待った。

「……王に拘るお前が解らない。」

シティのそのシステムと言うのは、実際の王政よりもシンプルだった。ただの称号なのだからそれは当たり前だ。強いものが君臨し続ける弱肉強食の世界。一度王となれば絶大な人気と権力を得ることが出来た。だがその地位はあくまで無敗であることが条件だ。一度負けた王は用済みとなる。敗者の王は自らを支持してくれた民によってその存在を貶められるのだ。
ドーマルディ。偽王。どちらも生け贄にされた王を表す。態々そんな脆いものになりたいのかと、遊星はそう問い掛けているのだ。馬鹿馬鹿しい。仲間がいるかいないかだけで、実際の行為は昔にやっていたものの延長線だと言うのに。
思えばあの事件から遊星は変わった。ますます自虐的な行動をとるようになった。恐らく本人はあいつに対しての償いのつもりなんだろう。そんなもので、鬼柳が戻ってくるはずないだろうに。

「理解してもらわずとも結構だ。」
「……変わったな、ジャック。」
「お前ごときに言われたくない。」

ぐっ、と遊星が言葉に詰まった。同時に自分でも遊星相手にこんな言葉が出てきたことに正直驚いた。昔は何を言いたいのか、眼を見ればわかったというのに何故。
……いや当たり前だ。俺は眼をそらしていた。まるで知識の泉のように膨大な言葉が渦巻く遊星の瞳に耐えられる自信が無かったのだ。煩わしいとさえ思えた。今はなにも言うな遊星。俺は遊星の喉笛を睨み付ける。だがそれが間違いだった。俺は遊星の首筋から眼が離せなくなってしまった。首を両断するように引かれた細いみみず腫の後。俺がつけてしまった傷だ。まだ癒えていなかったのか。

「俺の、せいか?」

(遊星は、俺が変わってしまったのは自分のせいだと言いたかったのだろう。だがその言葉は俺が目を背けていたせいで、ずっと頭の隅で踞っていた言葉にリンクしてしまった。)
あの傷をつけた時から、俺は遊星の視線を避けるようになった。それはあの、どんなに汚れた物を見ても澄んでいた青に俺への恨みが渦巻くのを見たくなかったからかもしれない。遊星はそんな小さな男ではないことは充分知っていたものの、結局信じることは出来なかった。
(お前はあの時のことで俺を恨んでいるのではないか。言葉に出さないのはきっとそうだ。そうに決まっている。絆なんて脆い。)
遊星が喋る度に喉の傷痕が引き連れるように湾曲する。首の皮を薄く引っ掻く柔らかい感触が爪先に戻ってくる。今すぐ爪を剥がしてでも洗いたくて仕方がなかった。今まで何とも思わなかった白い爪の間に入り込んだ赤茶の錆を落としたい。あぁこの鉄の臭いはあのときの血か。
(豪雨と雷鳴。他人の血に濡れたあいつの体。お前はあいつを助けるために光の中へ飛び出した。何故お前だけ罪を被りたがる。階段をかけ上がってくる足音。罵声。お前を助けにいく時間も、あいつを逃がしてやる時間もない。やがて両腕に拘束具が嵌められたとき、俺はあいつに見つからないように、真の罪人は誰かを奴等に、)

「…ジャック、やはり……。」

遊星が顔を歪める。かっと頭に血が上った。その顔、やはり俺のせいだと言いたいのか。俺に、あの時の罪を思い起こさせるために来たのか、遊星!

「そんな話、お前のお仲間とやらとやっていればいい!」
「お前も仲間だ、ジャック!」

遊星が悲痛な面持ちで叫ぶ。その言葉を聞いた途端、俺の中で何かが急速に冷えていくのを感じた。俺はお前じゃない。旧知の仲だからこそ、改めて薄っぺらい言葉程度にされたのが辛かった。遊星、お前は、お前の言う絆がどれだけ脆いものか知らない。不可視の脆さと、可視の脆さ。お前は前者を選び、俺は後者を選んだだけだ。

「俺はお前が理解できない。理解しようとも思わない。」
「……ジャック、」
「そしてお前も俺を理解していない。理解してほしくもない。そんなもの仲間とは言えんだろう。」

俺は立ち上がり、目の前で突っ立っていた遊星を押し退ける。不可視の絆を断ち切られた遊星に俺を止められるはずもなくふらふらと足元をおぼつかせ、道をあけた。あれは未来の俺だ。いずれは俺もああなるのかと思うとゾッとする。見るな。想像するな。なるべくその場から早く離れたくて足を急がせる。
彗星のように追いかけてくる視線が消え失せたのを喜ぶべき筈なのに、一歩建物の外に出た俺を迎えたのは星ひとつない常闇の夜だけだった。




100423
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