ハンプティ




古ぼけたソファで浅い眠りを貪っていた俺は、掛けていた布がそっと剥ぎ取られていく感触で覚醒する。腕をとられ、まるでナイトがするように手の甲に口付けを施された。遊星が言うには、それはジャックの様な男がレディにするものであって、だから俺の妄想は甚だしいものだ。きっと俺がこんなことを考えているなんて実際に知ったらヒくなんてぐらいじゃすまない。気持ち悪い近づくなホモ、って罵られるに決まっている。俺はそれが一番怖かった。だから現実の鬼柳にはなるべく平静を装いけれど絶対に触れないようにして、この夢の中ではおこがましく振る舞う事にした。夢の中のあいつは官能的で、さながら男をたぶらかし生気を吸いとる淫魔の顔を見せる。クロウ、と俺の名前を繰り返し呼んでくれる事にどうしようもなく心臓が早くなった。早くなりすぎてどうにかなってしまいそうだった。なのに鬼柳は口に出すのも憚るようないやらしい事をしてますます俺を困惑させるのにいそしんだ。もしかしたら本当に淫魔なのかもしれない。同姓を好きになってしまった俺を破滅させるために地獄から遣されてきた悪魔なのかもしれない。ならさっさと殺せばいいのに。そう思った瞬間、さっきから手の甲を愛撫していた唇がぱっくりと開き、俺の指を飲み込んだ。溶けてしまう程熱かった。悪魔の体温は冷たいのだとおもっていたが違うらしい。まるで口淫でもされているかのように絡まる唾液に俺は思わず手を引っ込めてしまう。かすった歯の後が薄く痛みを帯びた。

「鬼柳、これ以上は俺、駄目になっちまう」

息も絶え絶えにそう呟くと鬼柳は何も言わずに俺を抱き締めた。それから耳を甘噛みする。吐息と共に鬼柳の声が鼓膜に届けられた。駄目になっちまえよ。鼓膜から入ったその声は脳髄に浸透し脳内麻薬を放出させるのに十分な毒を孕んでいた。一瞬で包み込むような陶酔感に襲われた俺は訳もわからず鬼柳の背中に手をまわす。濡れた指先が背骨の凹凸に触れる。それがとてつもなく愛しいもののように思えた。



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