見知らぬ、記事
「あーっ!クロウじゃない!久しぶりなんだから!」
2杯目の注文をしてついでにサンドイッチを頼んだところで目の前の椅子に遠慮なく腰を下ろしたのはカーリー渚だった。げ、と驚く暇も無くメニューを読み、「店員さーん!ロイヤルナイトミルクティとブラックマジシャンパフェ、追加注文なんだからー!」と勝手に注文してしまう。おい、相席なんて頼んでねーぞ!
思わず渋い顔をしてしまった俺にカーリーは気にも留めず、そんな顔をしてるとジャックみたいになっちゃうんだから、と茶化す。新聞記者というのはどうにもこうにも図太い神経の持ち主が集まっているのだろうか。こいつの眼鏡は本当に見えてんのか。それともただの飾りとか。
「で、何の用だよ」
「んー、これといって用事は無いんだけど……ただ今日ってエイプリルフールでしょ?編集長からなんか面白い記事書けー!って言われちゃって、ただいまネタ探し中なの。ね、なんか面白い話ない?」
「知るか。自分で探せ」
「手厳しいんだから……」
カーリーが机に突っ伏したところで、丁度店員が「お待たせしましたー」と注文した品を持ってきた。がばっ、と跳ね起きるときゃーおいしそー!と歓喜の声を上げながらスプーンを手に持つ。俺も仕方なくサイドイッチに被りついた。みずみずしい野菜の感触が素直に美味いと思う。俺は「面白いネタねぇ……」と思考をめぐらせた。カーリーはなんだかんだいってジャックの恩人だ。邪険にあしらう事はできない。俺のポリシーに反する。
「やっぱココはオートバックスに”エーリアン侵略!”とか?」
「オーソドックスね。ギャグとしてもネタとしてもイマイチかも」
「そりゃどーいう意味だ。……じゃあ、”スクープ!旧キングにまさかの熱愛発覚!?”」
「そんなの私が許さないんだから!」
「エイプリルフールでも?」
「エイプリルフールでも!」
付き合ってらんねぇ。カーリーはさらさらと小さな手帳に何かを書きつけ、「どれも微妙かも……」と唸った。
「というか思ったんだけどよ……」俺はさっきから引っかかって仕方なかったことを呟いた。「当日に記事仕上げとかねぇとエイプリルフールの意味、なくね?」
「……ああっ!!そ、そういえばそうだった……っ!」
編集長騙したわね〜っ!とカーリーはぎぎぎと苦虫を噛み潰したような顔をする。それから、どうしよう……と急に落ち込んでしまった。見ている方は飽きないが少しかわいそうだ。助け舟のつもりでアイディアを口に出す。
「じゃあさ、エイプリルフール……つまり今日あった嘘を後日記事にまとめてみたらどうだ?意外と面白いかも知れねぇぜ」
「…それ、いいかもしれないんだから!」
ぱっ、とカーリーの顔が輝く。俺は今日騙し騙された嘘の数々をかいつまんで話してみせた。カーリーはふんふんと頷き、メモをとった後「よぉーし、意欲わいてきたんだから〜!」と立ち上がる。
「ありがと!おかげで助かったんだから!」と元気よくカーリーは言う。俺も笑顔で「おう、それなら良かった」と返した。
「あ、そうそう!忘れるところだった」
「ん? なんだよ手紙…?」
「そう。クロウに渡してくれって、鬼柳って人から」
「鬼柳……!?」
なんで私がクロウを知ってるってわかったんだろうね〜。とのんびりカーリーが付け足す。あぁそういえばコイツダークシグナーとしての記憶が無いんだった。それにしても、一体なんのつもりなんだろう。手紙、なんて。
「受け取る」
「受け取らない」
+
俺は手紙を受け取った。カーリーはほっとしたような顔をして「じゃ、私は記事書かなくちゃいけないから行くわね」と店を出ていった。俺は少しして、手紙の封を切る。中には小さなメモ用紙と地図が一枚入っていて、中央部分に大きなバツ印が付けてあった。宝探しかよ。俺は苦笑してメモ用紙を見る。ただ一言、殴り書きのような字で「会いたい」と書いてあった。ばぁか、そっちから会いに来ればいいじゃねえか。
俺は宝物が埋まっている場所、昔俺達チームサティスファクションのアジトがあった場所に行くために立ち上がる。これが嘘だったらさぞかし滑稽だよなと自嘲しながらも、頭の中は既にあの心地よかった空間へと思いをはせていた。
俺は店を出て、ブラックバードに跨がった。
+
「いや……冗談だろ」
「え〜っ、でも、受け取ってくれないと困るんだってばぁ〜」
カーリーは心底困ったような顔でぐいぐいと手紙を押し付けてきた。仕方なく受け取らざるを得なくなる。「じゃ、私は記事書かなくちゃいけないから行くわね」とカーリーは店を出て行った。
「何だよ、言いたいことがあるなら直接言ってこいよ……」
手紙を直接本人から受け取ったということは、この街に来ているってことだ。なのに、なんでこんなまだるっこしいことをする必要がある。
俺は残ったジュースを飲み干すこともせず、帰るために重い腰をあげた。