嘘と雄弁
あぁクソ、ジャックのヤツ!俺は密かに心の中で毒づいた。結局あの後ゾラに捕まってしまった俺は(ちなみにジャックは逃げた)こってりと絞られることになった。俺、悪いことしたか……。むしろ八つ当たりのような気がしてならない。
「そこの貴方」
と、呼び止められて振り向く。長い黒髪の女が一人立っていた。「そう、そこの貴方よ」女はまるで怪しい占い師のような謳い文句で近づいてきた。そういえば、こいつの顔どこかで見たことあるような……。不躾ながらもじろじろ見ていると、女はふふ、と妖艶な笑みを浮かべた。
「あら、貴方も顔相が見えるのかしら?」
顔相ってなんだ。ますますもって怪しい。ここはサテライトほど荒れてはいないが用心に越したことは無い。それが態度に出てしまっていたのか女は「そんなに身構えなくてもいいのだけど」と眉を下げた。
「それよりもあなた、面白い顔をしているわね」
「し、失礼なヤツだな!」
いきなり人の面見て面白いって何だよ!確かにマーカーだらけだけれど!女はすぐに自分の失言に気がついたのか「ごめんなさい。そういう意味で言ったんじゃないの。謝るわ」と頭を下げた。思わず拍子抜けしてしまう。
「べ、別にいいけど……」
「そう、良かった」
女は顔を上げると優雅に微笑んだ。その顔であ、と俺の頭に何かが引っかかった。
「あんた、もしかしてミスティ……?」
「知っていてくれたのね、嬉しいわ」
勿論知っている。ミスティ・ローラ。世界を代表とするトップモデル。そして……実際に顔を合わせたことがないからわからなかったのだが、遊星達と戦ったダークシグナーの一員。――もっともダークシグナーだった時の記憶は消えているようだが――まさかの人物の登場に俺は思わず唾を飲み込んだ。
「……貴方は今日、たくさんの運命にかかわってきたのね」ミスティは依然柔らかな微笑を崩さないまま言葉を紡いでいく。俺は何も言えずにただミスティの言葉を聞いていた。
「……誰か、貴方を待っている人がいるみたい」
「待ってる人?誰だよ、そいつ……」
「貴方も知っている人よ。そして、沢山の人々と出会う中で、少なからず心のどこかで期待していた人……」
「………あいつは、来ねーよ。それに悪いけど、俺あんまり運命とか占いとか、信じてねーから」
「貴方がそう思えば、運命は簡単に変わってしまうでしょうね」
ミスティはそこまで言うと、ふいに言葉を切った。「……でも、貴方の言うとおり……。いきなりこんな事を言われても、困ってしまうわよね」ごめんなさい、ともう一度頭を下げられてしまうと、反論など出来なくなってしまう。
「いや、俺も悪かった。ケチつけるようなことを言って」
いいのよ、それじゃあね、とミスティは去っていった。俺は心のうちに確かに広がった波紋を眺めつつ、呟く。
「まさかな……。来るはず、ねーよ……」
「……信じて、いいのか?」