chiracanthium japonicum




瞼を縁取る睫毛が随分長いことに気が付いた。ああだから余計に眼が大きく見えるのか?俺はそっとクロウの瞼に触れる。薄い皮膚越しに振動を感じた。眼球が僅かに動いてる。きっと夢でも見ているのだろう。俺も行きたいな。このまま手を握って寝ちゃったら、クロウの夢の中、入れたりしないかなぁ、と馬鹿な事を思った。いや、馬鹿は俺じゃないクロウの方だ。だから俺がやるべき事はクロウの夢の中に行って、怒鳴りつけてやることだ。

「おいクロウ!お前どんだけ仲間に心配かけりゃ気がすむんだ!」「心配してくれたのかよ、ありがとさん」「なぁなんでお前こんな馬鹿な事したわけ?」「ガキ飢え死にさせちゃマズいだろが」「それでお前が変わりにぶっ倒れたら元も子もねーじゃん」「あんだよ」

あぁ駄目だった。怒らせた。というか、一人で勝手にするのもそろそろ悲しくなってきたし、飽きた。これは本当のクロウの気持ちじゃない。ただ単に俺の妄想でしかない。俺は呻いて、それから、俺がこんなにもどうしようもない男にしている原因のクロウについて考えてみた。なんでクロウはあんなに一生懸命になれるんだろう。そりゃ俺だって、他人の為に一生懸命になれるけど、さぁ。おとぎ話かよ。昔あったんだウサギが自分の身体焼いて人間に食べられる話。そのウサギは月に行ったけどお前もいくつもり?やめとけって人間には天国と地獄しか残されて無いんだからよ。まるでこのシティとサテライトみたいにな。だから、お前の行動、聖母マリア様とやらも真っ青だ。異常だよ。まさかこのままポックリいっちまう事はねぇと思うけど。

……ねぇと思うけど、時々無性に不安になる。世間一般の見識からすれば、貧乏な子供の世話を見るというこいつのやってることは間違いなく良いことだ。クロウ自身も孤児だったって聞くから、余計に自分と重ねて見えるんだろう。その気持ちは分からなくもない。だけど、だけどこいつ、食わなかったんだ。自分が食べる分、全部ガキに分け与えて自分はにこにこそれを笑って見てたんだ。いっそ戦慄した。クロウの命を無自覚に食う子供らにも、それを本望だとばかりに分け与えるクロウにも。

(俺はよっぽど、その事がショックだったんだと思う。その日からある一つのイメージが付きまとって、頭の中から追い出せなくなってしまった。オレンジの母蜘蛛に群がり自らの母を食いつくす子蜘蛛達の図。まるで自然の摂理だと言わんばかりに鮮やかに行われる共食い。クロウが倒れてからは、夢にまで見るようになってしまった。)

俺は少し躊躇って、クロウの瞼にもう一度触れた。一度触れてしまったら止められなかった。針金の様になってしまった手首を撫でる。痩せこけた頬に口付ける。細く今にも切れてしまいそうな髪に指を絡ませる。溢れてしまった思いはそれでもクロウには染み込まず、床へぽたぽたとこぼれ落ちて行った。近いのに、遠い。まるで脱け殻にでもなってしまったようだ。クロウ、頼むから、目をさましてくれよ。



100320

「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -