結局大好きなんでしょう?



記念日などくだらない、と思うのはジャックの考えである。きらびやかな外見とは裏腹にジャック・アトラスという男の思考は硬派であった。その硬派さの裏には、そもそもなにを祝えばいいのか、贈り物は必要なのだろうか、必要とした場合いったいなにを贈ればいいのか、ええいそこまでして祝うものなのかめんどくさいと後半やけになった経緯とかがあるのだが、物事をシンプルに考えるのが好きな男は結局今日この日は動かざることに決めた。まず自分から動くというのが気に食わない。そして相手のことだから、きっと向こうからも動かない。というか覚えているはずがない。なんだこれで成立しているではないか。そこにちょっぴり一抹の寂しさを覚えるのはご愛敬である。というわけで、今日もジャック・アトラスは愛好のコーヒーの香りをかぎながら遅めの朝食をとっていた。シティに来たときから愛用している、ブルーアイズマウンテンほど高価ではないがそれなりの値はするブランド物である。
「……今日は卵がうまくいったんだ」
エプロンを外した遊星が向かいの席に座った。遊星が朝食を担当するとかなりの確率でメニューはスクランブルエッグとなるのだが(彼はこれを効率がいいからだといいはっている)今日はかりかりに焼いたベーコンまで乗っている。大奮発だ。ジャックは黄身を崩しながらそうなのか、と曖昧にながす。
「クロウはもう仕事にいった。ブルーノはパーツの買い出しにいっている」
「そうか……」
「二人きりだ」
コーヒーを吹き出しそうになった。
「なんだって?」
「やっと二人きりになれたな、ジャック……」
遊星は頬杖をついたままにやりと笑ってみせた。ぞわりとジャックの背筋を寒気が襲った。いや、平常を欠いてはいけない。遊星はふつうに感想を言っただけだ……言葉の裏になにかがみえる気がするのはなぜなんだ。
遊星が席をたった。ジャックもたちあがりたいがまだ朝食を食べ終わっていない。ジャックは朝食を食べるフリをしながら後ろを通る遊星の気配を必死に探った。遊星はキッチンのほうへ移動し、エプロンを持ってきて……待て、なぜエプロンを持ってきた?
「たまには、いつもと違うのもいいよな……」
そんな物騒(ジャックからすれば、それは十分に物騒だった。深読みしてみるがいい)なことをジャックが背後で聞いた瞬間、ジャックは振り返るのを我慢できなかった。肩に手がかかる。
「ジャック……」
「ま、待て遊星朝っぱらから……ッ」
あの何もかも見透かすような目で名を呼ばれ、ジャックの抵抗も徒労に終わる。ジャックの薄着はするりとあっけなく剥かれた。
「たまには朝からでもいいだろ」
遊星はジャックの首筋に吸いつく。う、と思わず声が漏れた。されっぱなしはとても悔しい。ジャックはお返しとばかりに遊星の衣服に手を入れ骨の浮いた背中を撫でた。最近はほとんど外に出ていないというのに、そこはしっかりとした筋肉がついている。ジャックが好きな遊星の背中だ。体温の低い指先で撫でられて遊星の肩がはねる。
「ジャックも乗り気じゃないか…」遊星のそうつむぐ唇はとうとう鎖骨まで降りてくる。息がかかるのがくすぐったい。
「誘ったのはそっちだろう…」
遊星は一旦ジャックの肌から顔を離すと手に持ったエプロンをそっと渡してきた。
「なぁ、ジャック……これ、着てくれないか……」
何となく予感はしていたが、遊星の性癖にはほとほと呆れさせられる。そしてそれをつい受け入れてもいいか、と思ってしまう自分にも。アブノーマルだ。そろいもそろって朝っぱらからバカ二人。笑ってしまいそうだった。だが、こういうのも悪くはない……。
「……この、変態があッ!!」
なんていうとでもおもったか!この、ジャック・アトラスが!!



「朝からご挨拶だな、ジャック……」
「……は?遊星?」
ジャックは目を開けた。目の前には布団を持ったまま仏頂面で立ち尽くす不動遊星がいる。「もう昼だぞ……」そういって遊星は布団を元に戻して部屋を出ていった。ジャックは一瞬ですべてを理解し、そして思いっきり、例えばリゾネバイスで出したレッドデーモンズがあっさりと奈落を踏んだときのことのように脱力した。

「…おそよう、ジャック」
キッチンにたっていた遊星はまだ不機嫌そうだった。メニューはとっくに朝食から昼食へと変わっていた。ジャックの前にうどんの入ったどんぶりがどん、と置かれる。
「…さっきのは、気にするな。夢だ」言ってから自分でも情けなくなってきた。何が悲しくて恋人に裸エプロンを強要される夢をみなければならない。
「あぁ」
心なしか反応が冷たいような気がする。遊星はいただきます、と呟いてからさっそくうどんをすすり始めた。ジャックもそれにならって箸を手に取る。月見うどんだった。黄身を出汁に溶かしながらもそもそと食をすすめた。
「クロウはもう仕事にいった。ブルーノはパーツの買い出しにいっている」
ぴたりとジャックの箸が止まった。デジャヴを感じたからだ。
「そ、そうか……」
「二人きりだ」
うどんを喉につまらせるところだった。
「ゆ、遊星!」
「……どうした?ジャック」
遊星は最後に残った黄身を一気に平らげるとごちそうさま、と言って丼を持ち席をたった。ジャックも慌てて彼には珍しくがつがつと残りを胃に収めると席をたつ。遊星が「そんなに慌てて、なにか用事があるのか?」といぶかしんだ。
「い、いや」
「そうか……それならいいが」
遊星はジャックから空になった丼の皿を受け取ると流しに放置した。「ジャック、なにか予定はあるのか」
「特にはないが…」
「……走りに行かないか?」
ジャックは目を2、3度瞬いて遊星をみた。遊星の性格で、自分からこれこれをしよう、などと話を持ちかけるのはめったにないことだった。
「……あぁ、いいだろう」
ジャックもジャックで今朝のこともあって、とてもすっきりしたい気分だった。

遊星と走るのは、久しぶりだ。
走るついでに、ライディングデュエルでもしようか、という流れになった。これも信じられないことに遊星からの提案だった。ジャックはDホイールを走らせるよりデュエルが好きな男だ。だが、あいにくジャックはデッキを忘れてきてしまっていた。すると遊星が「これ、使うか?」と自分のデッキを差し出す。昔なら絶対受け取らないなと思いつつもジャックはそのデッキを手に取った。
「お前はどうするんだ」
「俺は予備を持ってきている」
そういうと遊星はDホイールに跨りスピードワールド2を展開させる。アクセルを踏む。5枚ドロー。そろっている手札はいつもとは見慣れないカード達。回し方もわかる。どういうコンセプトなのかもわかる。どうすれば勝利できるか、そのことを考える。そうすると、遊星のデッキがいかに計算されたものなのかがわかってくる。
「変な感じだ」ぽそりと呟いた言葉に遊星が反応する。「大丈夫か?回し方はわかるか?」
「安心しろ!」
指定のカードを墓地へ送り、蘇生させ、いつもの手順を踏んで場にモンスターをそろえる。遊星のほうを見ると、最初は心配そうだったその顔がほころんでいるのがみえた。まったく、みくびってくれるな。お前のデュエルを、何度みたと思っている。お前と、何度血も沸きあがるデュエルをしたと思っている!
「集いし願いが新たに輝く星となる!光さす道となれ!」現れるのは白銀の彼の相棒。「飛翔せよ!スターダスト・ドラゴン!」
「やるな!ジャック!!」遊星が叫ぶ。ジャックがスターダストを奪ったあの時とは違い、笑っている。そういえばレッドデーモンズと共にこいつとも長い付き合いだったな、と思い出す。レッド・デーモンズ・ドラゴンも、スターダスト・ドラゴンも赤き龍の使いであるとしたら、そして彼らに意思というものがあるとしたら、再び俺がこのカードを使うことは許されるのか。ジャックは召喚したばかりのスターダストを仰ぎ見る。スターダストは、鼓舞するような咆哮をあげると遊星と対峙した。
「俺のターンだ!ジャック!」
遊星がカードをドローする。
「特別ゲストだ」
そうして遊星が召喚したモンスターは、赤き悪魔の竜。
「レッド・デーモンズ・ドラゴン!」
「何が予備だ!遊星!」
レッドデーモンズが咆哮をあげた。こうやって冗談を言いあえるようになったのも、昔では信じられないようなことだった。遊星とジャックのやりとりを知っているこの二体の竜は、人間の感情を持ち合わせているのならあきれかえるかもしれないしふきだすかもしれない。お前ら昔はいがみあってなかったっけ?とか随分性格がかわりましたねとかなんとか。
「知ってるかジャック」遊星はDホイールをジャックのDホイールに少し寄せて言った。「今日が何の日か」
「当たり前だろう」
「そうか。なら、あとで渡したいものがある……いいたいことも」
「ならば俺に勝ってからいうんだな!」
「……のぞむところだ」
遊星が離れていく。ジャックはそういったものの、自分が勝った場合は自分からいってやろうと心に決めていた。



110319

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