We
keep
waiting.



一時期、クロウはこんな風に酒に溺れた事がある。確か、あれは鬼柳が死んだと聞かされた時だ。あの時のクロウは酷い躁鬱状態になり、剃刀色の眼を濁らせて虚空をただただ見つめるだけだった。そうかと思ったら、ふらりと何日も帰ってこなくなり、顔や身体に傷やマーカーを増やして来ることもあった。俺やジャックはその度に傷を治療し、疲弊した身体を休ませ、もうこんな事はするなと約束させたが、数日後にはまた同じことを繰り返した。そのうち、クロウは『もうこれ以上迷惑かけられねぇ』という置き手紙を残して、俺達の前から消えた。風の噂で、湾岸近くにアジトを作っていると聞いてからは何度も会いに行こうとしたが、その度にジャックに止められてしまった。

「今俺達が会いに行っても、あいつにとっては負担にしかならん」

負担ってどう言う事だ、と反論したがジャックに、鬼柳の事をわざわざ思い出させてどうする、と釘を刺されてしまうと何も言えなくなった。最も、ダークシグナーとの戦いで久しぶりに会ったクロウはそんな素振りもみせず、子供たちの為にひたすら生きようとしていたから俺は安心して、いたのだが。


まだ隣の部屋から人の気配が消えない。恐らくはクロウが、またこっそりと酒を飲んでいる。時々がちゃんとグラスを倒す音が聞こえてくるから、酩酊していることは間違いない。それからあれは恐らく、泣いている。きっと子供たちが一生懸命描いた応援旗を見ながら。クロウは、普段はあれで吹っ切ったように見せているが、余程酷い自己嫌悪に陥っているのだろう。周りがどれだけ慰めても、お前のせいじゃないと言い張っても、ありがとなと流すだけで根底の思いなど一欠片も救えない。ますます深みにはまらせてしまうだけだ。クロウ・ホーガンという男はそういう奴だった。
チクタクと時計の音が響き、隣の部屋から何の音もしなくなった事を確認してから俺は静かに立ち上がった。隣の部屋へ移動し机に突っ伏したまま眠っているクロウを抱き起こし、ベッドへ横たわらせる。アルコールの入った身体は随分熱かった。
春の夕焼けを思わせるオレンジの髪を撫でる。昔、夜が怖いとクロウが言った時も、こうやって撫でたのを覚えている。それからはこれが、俺とジャックとクロウの中で、良い夢が見られる為のおまじないの様なものになった。

「おやすみ」

それだけ告げて手を離す。いつの間に起きたのか、深い剃刀色の眼が俺を見ていた。心臓が跳ねた。クロウはごめん、と小さく呟いてまた深く深く眼を閉じる。クロウ、と呼び掛けてみたがもう返事は返ってこない。いつもこうだ。俺が本当に伝えたい言葉を言う前に、お前はさっさと耳を塞いでしまう。俺は踵を返して部屋を出た。出たあとに、暫く扉の前で立ち尽くしていた。


結局の所、俺はクロウの心へは何の干渉も出来ないという訳だ。あの時と同じだ。クロウが自分で再奥まで辿り着き、そこから跳ね返って来ない限り、俺はクロウに何かを与えてやることすら出来ない。それでも俺は沼の淵へ腰かけて、クロウを待つことを止めないだろう。いつかクロウが自力で浮かんで来るのを信じていたからだ。だからその沼に救いを求める腕が見えた時に、直ぐ様引き上げてその身体を抱きしめてやれるその時を俺は待っている。待っているんだ。



100313
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