突発5DX・もしもパラドックスが生きてたら編
それはあまりにも人間そっくりで、だからこそ三人はつい生死をたしかめるために彼の元へと駆け寄ってしまった。遊星の脳裏には、彼と似た雰囲気をもつ青年のむごい有様が思い浮かんでいた。あの、見開かれた眼。空を映す濁った眼は人間そのもののように見えて、遊星は戦慄した覚えがある。できることならもう見たくは無い。それに…彼はれっきとした敵だ。遊星の街を滅ぼし、十代の時代を崩壊させ、歴史を改竄した敵なのだ。そう思うと遊星の足は止まる。崩壊した世界に残してきた仲間のことを思うと、目の前で倒れ付した男に声をかけるのをためらってしまう。
「おーい、生きてるかぁ」
十代は瓦礫の中に倒れ付しているパラドックスに、まずは遠くから呼びかけた。返事はない。ならばと自分のデュエルディスクを外し、それで男の頭をつつく。返事はない。「……やべぇかな」そういい捨てると十代はパラドックスの体を仰向けにした。首筋に手をあてる。数秒たって、十代は不安げな顔で遊戯の顔を見、そして遊星の顔を見た。それから目を伏せる。男がほんとうに死んでいることは明白だった。
「ま、まって十代くん…」
遊戯が「今、ちょっと動いたような…」と呟く。十代はぱっと首筋から手を離した。「気のせいかも知れないけど…」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ!遊戯さんっ」
そういいつつも、十代はさっきよりも優しい声で「い、生きてるか…?」と呼びかける。
「く、う……」
「っ!?」
と、男が苦しげに唸った。十代はあわてて飛び退る。「な、なんで……?」十代の疑問をよそに、つい先ほどまで死んでいた男はぱちぱちと瞬きをし、そして遊戯と十代を目に映した。
「よかった、生きてたっ!」
遊戯のその声にパラドックスは目をしかめる。
「い、きてる…?」
パラドックスは信じられないといった目で自分の手をみた。その顔がみるうちにすべてを理解し、苦笑ともとれるような、そんな表情に変化する。まるで一本やられた、そういった顔だ。
「……お前、なんともないのか?」
十代が聞くとパラドックスはきっと十代を睨みつけ、「キミに心配されるほどではない」と体をゆっくりと起こした。そして顔をしかめる。
「ぐ、…」
「どうだか」
十代はやれやれと頭を振ってパラドックスの腕を自分の肩にまわした。遊戯もそれに習って体を支える。触れるな、そんなパラドックスの声が聞こえる。彼は十代と遊戯の手を振り払って2、3歩歩くとどうと倒れこんで動けなくなった。ああーもう無茶するから、なんて十代はパラドックスの体を大変苦労して背負う。「君一人で運べるのかい?」ユベルがちゃかすのを十代は「旅で鍛えた足腰なめんなって」とあしらった。その顔はすでにキツそうだ。
そしてその間、遊星一人だけが動けなかった。思い出してしまっていたのだ。自分が置いてきた世界の事を。仲間達は無事なのだろうか。ああ、あんな世界においていくべきではなかった…。遊星の頭はまた崩壊したビジョンに移り、そして、幼い記憶の片隅で覚えている大きな光となってフラッシュバックした。悲鳴、嘆き、死んでいく人々…。血だらけの仲間の映像が遊星の脳裏に浮かんだとき、遊星の体は勝手に震えだしてどうにもならなくなった。
「遊星くん…?顔色が…」
遊戯がやっと気付いて遊星に声を掛ける。その声で遊星はやっと我にかえった。「あ…」小さく声が漏れる。目頭が熱くなって、遊星は自分が泣きそうなほどに困惑していることに気がついた。
「とりあえずボクの家に行こう…。遊星くん、歩ける?」
「……はい、すみません…」
こめかみをもんで少しだけ頭をすっきりさせると遊星は遊戯の後についていく。その後を少し送れて十代がパラドックスを背負いながら歩いていった。時々「ちょ、ちょっとタンマ…」「だらしないなぁ…」といった十代とユベルのやりとりが聞こえてくる。
「遊星、ちょっとこいつみててくれ。俺たちはなにか買ってくるから」
十代の申し出はありがたいものだった。遊星に拒否する理由はない。この未来の改竄者にはいろいろと聞きたいことがある。遊星はパラドックスの顔を見下ろした。とても人間離れした顔だ。他人の手による造形に近い。
「…まだ文句があるというのかね」
棘を含ませた声でパラドックスはささやいた。私の実験は失敗した。もう未来も元通りになってるはずだ。そう、なにもかもが元通り…。そこまでいうとパラドックスは唇を噛んだ。上半身だけ起こした体を遊星から遠ざける。遊星は元通り、という言葉にひとまずは安心したが、言わずにはいられなかった。
「お前がやっているのは、ただの破壊だ……」
パラドックスは肩をおさえて顔を伏せた。「必要なことだ」「必要?」遊星はめまいがした。人殺しが、必要だと。そんなことがあってなるものか。遊星がそう怒鳴る前にパラドックスが先に口を開いた。
「実験をする必要があった。この世からデュエルモンスターズを抹殺すればどういう結果が生まれるか…」
「そんなことをして、一体何になるというんだ」
「キミに話しても理解はできまい」
パラドックスは体を動かしてベッドから降りた。ひきとめるべきか遊星は一瞬迷うが結局腕を掴む。じろりと金色の眼が遊星をにらんだ。
「離してくれたまえ。そうとなれば次の実験が待っている。それとも力ずくで私を停止させるか?」
パラドックスは遊星の手を振り払った。その力強さに遊星は再び掴む勇気を失ってしまった。パラドックスはコードが見えている腕を気だるげに動かしてノブに手をかけ、振り返らずに言う。
「……キミの言い分も、理解はできるがね」
ぱたん、とドアが閉まった。廊下を歩く音。それを遊星は黙って聞いていた。頭が追いついていない。だめだ、少し頭をひやそう…。緊張感から開放されて、遊星はゆるゆると腰を落とした。
しばらくして二人分の足音が階段をのぼってくる音がした。
「待たせたな遊星ー!ひっさしぶりの日本だから、ついつい買いすぎちまって……あれ、あいつは?」
「……すまない」
「……ううん、謝らなくていいよ。僕たちも悪かった」
詳しく聞いてこない二人の気遣いは遊星にはありがたかった。「じゃ、一段落着いたところで親睦パーティといこうぜ!」十代はどさりと大きなスーパーの袋を机においた。「りんごとミルクティとお茶どれがいい?」「じゃあ僕お茶。遊星くんは?」「…ミルク、ティ」「んじゃあ俺りんごな」十代は缶ジュースを二人に渡す。遊戯もスナック菓子の封を次々に開けていく。その量の多さに遊星はこっそりこんなに食べられるのだろうかと思っていた。
「なぁなぁ、あとで未来のデュエルディスクに乗っけてくれよ!」
「えぇっ、あれってデュエルディスクだったの!?」
「はい…その、一応取り外しもできますけど」
「いいなぁーバイクでデュエルかぁ。万丈目あたりが作ってくれねーかなぁ」
「海馬君なら、…やりそう……」
…どうやら過去にはDホイールがないらしい。この二人を未来へ連れてきたらどういう反応をするのだろうか。ジャックやクロウは伝説のデュエリストをみてデュエルを挑むだろうか。あぁ、早く皆に会いたい。自分を待ってくれている仲間に。遊星は思わずふ、と笑みを零した。
「あ、やっと笑った」
十代に指摘されて遊星はつい顔を赤くする。
「…俺の世界に二人を連れてきたら、きっと喜ぶだろうなと思って…」
「まぁ、あの伝説の遊戯さんだもんな」
「僕達って、未来じゃそんな風に呼ばれてるの…」
「今もだろう、相棒」もう一人の遊戯が突っ込んだ。
「あれは周りが勝手に言ってるだけだよ」
「十代さんもですよ」
「俺ぇ?まぁでも、遊星の時代のデュエリストともやってみたいけどな。なんだっけあの…わっかになって光ってひゅんひゅんってなるやつ」
「シンクロ召喚?」
「そうそれ。俺もやってみたいなぁ……」
こんな風に三人が談笑を楽しんでる一方で、パラドックスは途方にくれていた。
「Dホイールなしにどうやって帰ればいいというのだ…」
アクセルシンクロの原理を応用した空間移動でパラドックスはこの時代にきていたが、その要となるDホイールは無残に破壊されてしまっていた。まさか走って帰るわけにもいかない。歴史の看視しているイリアステルの誰かがこの事態に気付くまでこの世界にいるしかないのか…無理に決まっているだろう!とパラドックスが珍しく動揺していたその時、背後で竜の咆哮が聞こえた。パラドックスはぎょっとして振り返る。そこには赤き竜が待機していた。そして親指をくいっとたてる。乗っていきな、的なサインだろう。
「…く、ここで恩を売っておくつもりか…」
赤き竜はまた吼えた。人間の言葉になおせば嫌ならいいんだぜ、的なニュアンスだろう。多分。
パラドックスはさほど考えずに赤き竜の体に触れる。こうなりゃやけである。あのカードを使うとき、確かに死を覚悟していたものだがあのおせっかいな仲間達が細工をしたに違いない。ならば、意地でも帰る必要がある。帰って、余計な世話をしてくれたものだな!と怒鳴ってやらなければならない。そのために、そのためだけに生き恥をさらしているのだ。自分は。
「……ふん、借りはすぐに返してやろう。それがキミの望みなのだろう?」
後日、実験を終えて帰ってきたパラドックスからアポリアは一つ贈り物をもらった。といってもその姿は三つにわけた人格のひとつ、ルチアーノにだったが。
「どういう風の吹き回し?まぁ、もらっておくけどさ」
それはルチアーノの装飾品となり、またアポリアの装飾品にもなった。最後にそれは赤き翼となって、遊星のDホイールを飛ばすことになる。
110228