手フェチ話とみせかけたただの遊ジャえろ
「……ながいな」
自分の手と比べているときが、一番彼の指の美しさは際だって見える。シーツに押しつけた手。そのコントラストに遊星は目を奪われた。遊星はいったん拘束をといてジャックアトラスの指を改めてじろじろと眺めまわした。ジャックとしては居心地が悪くて仕方がない。なんたって彼らは今から体を重ねようとしている。しかも初めてだ。つまりは初夜だ。それなのに、変なところで遊星の観察モードのスイッチがはいってしまったのだ。しかし、いや我慢すればいい。今日のジャックはえらく寛容でついでにいえばしおらしかった。自分よりも体格の小さな男にのしかかられているというアブノーマルな体験がジャックの心情をかえたのだ。別名惚れた弱みという。
遊星の指は普段皮手袋の中に押し込まれていて自分でもみる機会はさほどない。幼い頃自分の爪を噛む癖を直すための苦肉の策だった。ただでさえ遊星は自分の容姿に無頓着気味であった。元々地が黒い遊星の肌には無数の細かい傷が散っている。中指の付け根には一本の大きな傷跡もあり、そこだけよく目立つ白に近いピンク色だった。無骨な男の手と言えば聞こえはいいが、遊星の手は人と比べて少し小さめだった。まるで中学生のような手なのだ。
対して、その手が握っている白い手は、立派な成人男性のような、模倣的な手であった。だが、指先は長く、爪は整えられ磨かれている。手を合わせると一回りくらいスケールが違っていた。
遊星はその指が好きである。あの指が肌を滑るとまるでやわらかいところをなめられているような感覚に陥る。自然背筋が伸びる。その指を大事にしたいと思ったが、遊星が知っている愛の行為で言えば、愛撫や愛の言葉よりも、まずは口付けが一番だと思っている。
というわけで遊星は手の甲に唇を落とした。即刻、しめやかに。リップ音を響かせてすぐにはなす。それを繰り返す。遊星はといえば自分の愛でたいものを愛でて幸せなのだが、ジャックはといえば。
「遊星ぇ……」
物足りなさそうである。たしかに自分の一部分をこうやって愛でられるのは悪い気はしない。遊星に気に入られるように気を使ってきた体をほめられるのは幸せである。だが、所詮は一部。ジャックは、ジャック自身を愛されたくてたまらないのだ。そのために自分より体格の劣る遊星相手に受側に回ったほどである。
「どうした、ジャック」
「……別に」
ジャックはふいと顔を背けた。それで遊星はしまったと思う。遊星は機嫌をとるようにジャックの横頬にキスをおとした。元通りに指同士を絡め、再びジャックを押し倒す形になる。ジャックは遊星の方へと顔を向けてキスをねだった。唇をくっつけるだけのかわいらしいキスはいつの間にか遊星の手によってお互いをむさぼるような激しいものに変えられていく。ジャックが息継ぎのためにひっこめようとしてもすぐに絡められてしまう。ジャックはその変わりように目眩がした。手慣れているような気がしたからだ。
「ゆ、遊星」ようやく唇を解放されたジャックはもう息があがっていた。経験があるのだろうか。快楽をひきだすようなキスを。そして、これから行うであろう行為……。だが、遊星の顔もジャックと同じく、どこかとろんとしたものだったのでジャックはいったん息をのんでそれらの言葉を引っ込めた。なにより悔しいではないか。
「ジャック……」
遊星はジャックのベルトに手をかける。「待て、遊星いきなりそっちなのか?」ジャックはするすると自らのタンクトップを持ち上げた。男の胸だというのに遊星は女の胸をみるような緊張におそわれた。のどが鳴る。
「男も胸で感じるのか」遊星は素直な感想をのべる。遊星の性知識は皆無にひとしい。鉄面皮が幸いして遊星の慌てぶりは封殺されているが、内心気が気じゃなかった。あわあわである。ジャックはきっとこの容姿であるから性体験はあるのだろう。なにより遊星相手に受け手に回ると申し出たのはジャックなのだ。しかもその言い方が「お前のことだから、女を抱いたこともないのだろう?」といったものであるのだから、まあ多少はかちんときたり、俺でジャックを満足させられるのか不安になったりしたものなので、慎重派の遊星にとってはよけい慎重にならざるのを得なかったのである。
「……感じないのか?」ジャックに戸惑いの表情があらわれた。実際ジャックのこれらの知識は本から得たものであったから、実はといえばジャックとしても半信半疑だった。遊星を挑発するような感じでベッドに誘ったのは、ただでさえ受け手にまわるといった恥ずかしいことを口にするのに際し山のように高いプライドを発動しないわけにはいかなかったのである。どうせ遊星のことだからペースを握れると侮っていたのだが、先ほどのキスでその自信も崩れてしまった。
「え、待ってくれジャックは感じるのか」
「いや、感じたことはないが……」
「……?」
はたと二人とも顔を見合わせる。
遊星はふっと笑いジャックは赤面した。考えに考えるのがちゃんちゃらおかしく思えてきたのである。遊星はタンクトップをたくしあげ、乳首を吸い上げた。「……ッ」ジャックは息を詰める。声を出すほどではないが、脳がふわふわとした、やわい快感をジャックは味わった。なめたりつついたりされると、なんともじれったい。
「も、いい……」
ジャックはじれて自分のベルトをいじった。遊星の手は器用にベルトをはずしてジャックの腰を浮かせズボンを脱がせると、すでにたちあがりかけたジャックのそれを下着越しにさわった。先ほどからじらす遊星にジャックはもう我慢の限界である。だが自分からいうというのもイヤだ。
「……じらすな、馬鹿者」
「……別にじらしてるというわけでは……」
考えるのがいろいろめんどくさくなったといっても、やっぱり遊星は慎重に事を進めたい人間であって、ジャックからしたらその手はずいぶんとのろまらしい。遊星はとりあえず自分の愛で方のルールに乗っ取って、ジャックの入り口に唇をよせようとした。
「そ、それはだめだ…」
ぐい、と顔を押し退けられた。「どうして」「ッ、嫌なものは嫌なんだ!」さて、こうなれば困ったものである。フェラチオもいやがりそうな勢いである。遊星はふと手を止めて考えた。
「ローション、持ってるか」
「そんなもの、お前が用意するものだろう」
「……」遊星はしばらく考えていたが、やがて「オナニーみせてくれ」なんて言い出した。
「…な、んだと?」ジャックは当然一瞬固まった。
「だからみせてくれ。それともしないのか」
遊星がぐり、と先端に力をこめるとジャックはつい呻く。遊星の手つきはほんとうにじれったい。これなら自分で刺激した方が確実に快楽を得られる。そう思うとジャックの気持ちはぐらぐらと揺れた。そうしているうちに、遊星はジャックの上から体をどけた。
「ほら」
「……後ろを向け」
「意味ないだろ」
ぐ、とジャックは黙り込んだが、そのうち観念したように自分の性器に手をそえて刺激し始めた。左手はせめてもの抵抗とばかりに口元にあてられ、時折もれる声をシャットアウトする。
逆効果なんだがな……。
健気に声を抑えるジャックにむらっとしたが、黙っておいた。そのかわりジャックの上下に動く手に自分の手を添え、時々手伝ってやった。「う、ぁあっ…あー…っ」ジャックは案外早く精液を吐き出すとぶるりと体を振るわせて射精の快楽にひたった。そのうちに遊星はジャックの吐き出した精液を手に取りジャックをベッドに横たえる。そして上からシーツを被せた。
「な、なにをする?」
遊星はジャックの入り口にたっぷりと精液を塗り付けた。
足りない分は自分の指を唾液で濡らしてそれも使う。ジャックがシーツを取り払おうとした手をつかんで「覚悟しておいてくれ。もう戻れそうにない」といい自分の肩にまわした。ぐっとジャックの指が緊張したのが遊星に伝わった。ジャックが落ち着いたのを確認してから遊星はシーツを取り払う。
「……いれるぞ」
遊星は指で少しずつ入り口を押し広げながら進入を開始した。無理な挿入にジャックの顔が苦痛にゆがんだ。「大丈夫か、ジャック…」この後に及んでまだジャックに気を使い続けている遊星は、すこし及び腰になった。
「覚悟しろといったのは…どこのどいつだっ」
はぁはぁと痛みを逃がすように呼吸をしながらジャックはそう吐き捨てた。そして遊星の肩を思い切り引き寄せる。
「そう…だな。俺だ…」
ぐい、と腰を進められるたびにジャックはぐぅ、とうめき声を上げたが一度も遊星の背中に爪をたてることはしなかった。ただジャックの手は何かを求めるように遊星の背中を何度もなぞった。
「あ、遊星……ゆうせ、ぇ…ッ」
「くぅ…もう少しだ……」
遊星はジャックの額に口づけを落とす。少しだけしょっぱかった。長い時間をかけて遊星自身がジャックの中に埋まったとき、遊星は思わず歓喜の声をもらした。
「はぁ……、ジャック」
遊星は痛みで萎えかけたジャックのそれを手でしごきだす。「うぁッ、あぁ、いいっ」痛みと快楽で朦朧としているジャックの思考は与えられた刺激に従順だった。遊星の手の上から自分も手を添えて上下に動かし始める。それと同時に、遊星もゆっくりとピストン運動を開始する。
「あーッ、だ、だめだっ、もう」
「なにがだめ、なんだ……すごく、いい顔をしている」
「ひ、……ぐ、うぅ…」
必死に歯をかみしめるジャックを、遊星は愛おしく思った
。こんなに理性をとろとろに溶かされていてもプライドを捨てないところが、やはりジャックなのだと、そう思った。けれどもそう感心する一方で、せめて情事の時くらいはそのプライドすら崩してしまいたいと思う。どうせ明日にはまたいつもの、ぴんと背筋を伸ばしている美丈夫に戻っているのだから。
「はぁ、あ……あッ!」
遊星は我慢できなくなってがむしゃらに腰を動かした。一際大きく体をのけぞらせたかと思うと、ジャックはシーツをつかんで射精した。「……早いな」それを見届けてから遊星はさらに速度を速める。「ゆ、ゆうせっ、まだ……ッ」まだ動いたらだめだ。まだいってなかったのか。きっと言葉の先はそんなものだろうが遊星はかまっていられない。遊星は自身が震えるのと同時に深く中に押し入った。「ひっ!?」ジャックが息をのむ。どく、と遊星はジャックの中に熱を吐き出した。
「な、中に出すなど」
「お前は女のようなことを言うな」遊星は自身を引き抜きながらぽつりという。「どうせはらまないから大丈夫だろう」そういった遊星の顔にジャックの張り手が炸裂した。
「腹をこわす。そんなことも知らないのか」
「……そうなのか?」
遊星はそういいながら垂れてきた精液を指で絡めとり、また中に押し込んだ。てっきりかきだしてくれるのかと思っていたジャックはしばし呆気にとられた。
「おい、遊星、俺が言ったことを理解しているのか」
「……いや、二回戦を」
まだまだ元気そうだしな。そうやって遊星はジャックの唇にキスをする。
110216