LOVEDOLL
※人形
※オリキャラ注意



家電製品、家具などの大型のものからノートパソコン、携帯電話に至るまでサテライトにはいろいろなゴミが流れてくる。電子機器が多い理由はサテライトで再利用するためだ。それでもいろんなものはシティから降ってくる。本、衣服。だから別段珍しいものでもなかった。「ひろったの」そうやって笑う少女の側には人形があった。腰まで届く金髪で、白いドレスを着た女の人形だった。彼女はその人形をレジーナと呼んだ。少女が名付けたのかはしらない。ただそのレジーナという人形が、とてもかわいがられていたことが重要なのだ。

少女はその人形と一緒に起きる。朝食はない。昼食は小さなパン一切れ。夕食は野菜が少し浮いたスープという粗食だった。少女はいつもその人形から離れなかった。人形は大きさもそれなりにあったし、重さもまたそれなりにあった。少女にはなかなかの労働だったはずだが、むしろうれしそうにその人形の世話をかいがいしくやいた。彼女はいつも一人だったから、一緒に遊ぶ友達もいなかったのだ。いや、その人形がいたから、彼女は一人だった。
レジーナは、シティからながれついたごみとは思えないほど汚れていなかった。ただ、頭のすわりが悪く時々小首を傾げているように揺れていた。そしてドレス中の足が1本つぶれていた。それですてられたのだろうと少女は推測した。もったいない。こんないきれいなのに。たったひとつの欠損でシティの人間は簡単に人形を捨てるのだとやるせない気持ちになった。くたりとうなだれているレジーナを意識するたびに思うのだ。わたしはなにがあってもれじーなをすてないわ。れじーなはわたしのたったひとりのおともだちだもの。
少女はレジーナを世話したが、レジーナはなにもいわず紫色の瞳をじっと少女に向けるだけだった。少女は見返りをもとめなかった。沈黙の美姫と奴隷の少女。それでもその愛は美しかった。ある一人の少年の心をとらえるくらいには。
あいにくサテライトにはまるで人形のように愛らしい顔をした少年がいた。人形のように金糸をまとい宝石のようなみずみずしい紫の目をもつ少年は名をジャック・アトラスといった。アトラス少年にはたった一人心を許している友人がいた。友人は不動遊星といった。この少年は引っ込み思案な方でいつもアトラスの後ろに隠れているような子供だった。アトラスが歩くと、まるでほんものの影のように連れ添っていた。そんな子供2人が、今まさに少女と人形の隣を通り過ぎようとしていた。
レジーナ、今日はなにしてあそぶ?
その声にまず不動が立ち止まった。ずっと握りしめられていた服の裾を引っ張られてアトラスも立ち止まった。「どうした」「……なんでもない」「……?」不動は慌てて歩きだそうとした。アトラスは動かない。不動の背後を見ている。金髪の人形を見ている。姫と、みすぼらしい少女をじっと見ていた。少女は人形の髪を愛しそうにとかしていた。
「ジャック」
「……」
不動の声に少女はようやくこちらをじっとみるアトラスの視線に気がついたらしい。はっと立ち上がって人形を守るように立ちふさがった。アトラスはさっそきびすを返した。不動は少女に邪魔をしてすまない、と一言頭を下げてアトラスの後を追った。
ジャックはいったいなにを見ていたのだろう。
あの人形をみていたような気がする。西洋人形のように美しい人形だった。灰色の街に浮かび上がっているような違和感があった。異人の血がそう感じさせるのだろうか、どこかジャックと通じるものがあった。それとも、あの少女を見ていたような気もする。幼い少女だった。どこにでもいる黒い髪だが、優しそうな顔をしていた。珍しい、同い年の女の子だ。不動は、アトラスがあの少女を見ていたのかと思うときゅうと胸が痛んだ。不動はようやくアトラスに追いついてぎゅっと彼の服の裾をまたつかんだ。
「ジャック、あの女の子をみてたのか」
「女?」
ジャックは瞼をぱちぱちとさせて「違う、断じて違うぞ遊星」と否定した。「オレはあの人形をみていたのだ」
「…人形」不動は内心ほっとした。しかしある一部分では、彼は少女趣味があったのかと疑った。
「そうだ。オレはあの人形になりたい」
アトラスはそういってにぃと笑ってみせた。「世話をしてくれる人間がいて、自分はなにひとつ動かなくてもいい。そして体は いつまでたっても綺麗なままだ」
不動は、アトラスのいってることがわからずに眉をひそめたりはせずそうか、と頷いた。人が動けばその影も動くように、言わずもがな、不動はまるでその意志などないようにアトラスに忠実だった。極めつけにアトラスは、西洋人形に劣らないほど美しい少年だったのだ。

こうして、ジャック・アトラスは不動遊星の人形になった。とはいえ、最初の方は不動の世話がへたくそで、何度もアトラスは人間に戻らざるをえなかった。「遊星、お前は機械をいじるのはうまいが、人の世話をするのはまるっきりへただな」遊星が唇にいれ損なったスープをふき取りながら邪険にいった。不動はすまないと何度も謝った。そのたびにアトラスが不動を許してきたのは、奇跡といっていい。
不動の体では、アトラスを抱き抱えるのは無理だったから、不動はアトラスの手をひいて移動した。前をあるく遊星と後ろをついて歩くアトラスに大人たちは首をかしげた。普段はもちろん逆だったからだ。おまけにアトラスは一言もしゃべらないのだ。遊星はそのわけを「新しい遊びなんだ」とごまかした。実際にこの二人は日頃から大人たちをからかう遊びが大好きであった。大人たちはそんなものかと、あるいは今度のいたずらはインパクトがないな、と密かに笑って見逃した。
たしかに、インパクトはない。
だが、注意深くみていればそれは異常だ。
アトラスは不動から貰ったものしか口にしない。水も飲まない。不動が手を引いてやらないと一歩も動かない。さすがに下の世話までは不動にさせなかったがそれ以外のことはすべて不動に一任していた。そして不動の失態を叱るときしか喋らなかった。最初は、それこそ腹が減ったやのどが渇いた、暇なので構え、など口で命令していたが、しだいに不動がアトラスよりも先に行動するようになったために自然と口数は減っていった。
アトラスは不動の出来にとても満足していた。今では不動は、アトラスの目をみるだけでアトラスの意志がわかってしまう。一番に自分のことを考え、必死に世話をする不動にアトラスの心は満たされた。そうまるで、いつかみた人形と人間のようである。自分一人のためにすべてを捨て、献身的に他人の世話をするこれほどの愛がはたしてあるだろうか。そしてそれは一人ではなにもできない人形になるからこそ意味がある。この人形には自分一人しかいないと。自分がいなければだめなのだと。そういう意味では、不動はもうすっかりアトラスの術中にはまっていた。アトラスは目の前で賢明に語りかける不動に微笑する。不動は元は寡黙な少年だったが、その少年がこうやって自分を楽しませるために必死に言葉を探している様子はみているだけでいじらしくかわいらしい。

「ジャックの髪はきれいだな…」
不動が一番好きだったのは、アトラスの髪をとかすときだった。陽のきらめきのような金髪はそろそろ腰まで届くぐらいにのびていた。髪や爪がのびていることで、不動はアトラスが人間だと思い知らされることがある。それほどまで不動はアトラスを人形だと思いこんだ。たまに、思いこんでいることを忘れて、ほんとうにアトラスは人形なのだと思うこともある。アトラスはなにもいわない。だから不動は彼の髪をのばしっぱなしにしている。
不動は手際よく髪をといた。少し持ち上げると、白いうなじがみえる。不動はここ最近、そのあまりに細いうなじに動揺させられ続けている。勝手にのどがなるのだ。胸の奥がぞわぞわと騒ぎ立てる感じが不動を混乱させた。(不動は14歳になっていて、精通を終えたばかりだった。だから自分のこの感情が、性的な欲求によるものだと不動はとっくにわかっていたのだ。)
不動はつい白い首にそっと唇をおしつけた。予想もしてなかっただろう行動にアトラスの肩がはねた。不動もつられて身を堅くするが、不動には余裕があった。自分を正当化する言葉をちゃんと知っていた。「ジャック、だめだろう。ちゃんと人形でいなければ」そうやってささやいたあとで不動はアトラスの皮膚を吸った。アトラスは今度こそがばりとふりむいた。「……」アトラスは喉をおさえた。開いた口から言葉はでてこなかった。長い間喋っていなかったゆえの弊害だった。
「……声がでないのか?」
アトラスはうなづいた。不動はほんの少し動揺したがアトラスが嘘をついているとも思えなかった。しかし動揺よりも興奮のほうが勝っていた。紫の目には拭えない混乱が渦巻いている。その目はじっと不動にすがるように注がれていた。15歳のアトラスの美貌はますます人間離れしてきていて、不動は目眩がしそうだった。
「大丈夫だ、ジャック」
不動は少年を抱きしめた。まったく根拠のない言葉だったがアトラスはふっと力を抜いた。不動はそれだけでアトラスのすべてを手に入れたような気分になった。アトラスを腕に不動は己のうちから沸き上がる衝動を抑えられなかった。不動は金色の髪を指に絡ませる。おもむろに首筋に顔を埋めた。すべすべとしていて気持ちがいい。「……俺だけのものになってくれ。お前を大事にする。お前を一生愛していく。だから俺だけの、ジャックに…」不動はそういってアトラスにキスをした。アトラスは抵抗せずそれを受け入れた。
ジャック・アトラスの理解者は、不動遊星しかいなくなってしまった。そして同時に、アトラスの味方も不動しかいなくなってしまったのだ。不動はその事実に気がついたとき、我が身がふるえるのをはっきりと感じた。真の意味でアトラスを手に入れたと不動は有頂天になっていた。この美しい人が信頼をよせるのは、自分一人だけになってしまったのだと。


アトラスが不動の人形になってから数年たった後、不動はいつかの少女に出会った。驚くことに、あれだけつきっきりだった人形はいなかった。不動はいてもたってもいられず少女に尋ねた。
「あの人形はどうしたんだ」
「なんのこと…」
少女はあの日出会った時のようにおびえたが、やはり人形の姿はない。不動が特徴をあげるとようやく少女はあぁといって顔をゆがませた。
「捨てたわ。あたりまえよ、あんな人形……」
なんであんなにご執心だったんだろうね。少女はふっと鼻で笑った。不動は二の句が継げなかった。黙ったままの不動に少女は気味の悪さをおぼえたのか、じゃあいくから、と背を向けた。
「なぜ捨てたんだ」
不動は少女の腕をつかんだ。「なぜ捨てた。どうして捨てられる。あの人形には、お前しかいなかったはずだ」ぎり、と力が込められる腕を少女は渾身の力でふりはらった。「あんた、気持ち悪いよ!」少女の罵倒に不動ははっとした。少女は今度こそ走り去って、それから二度と会うことはなかった。
捨てた。
あんなにも愛していた人形を少女はあっさり捨てたのか。不動は心が凍える思いだった。飽きたから捨てたのか。欠陥品だったから捨てたのか。成長したから捨てたのか。ぞっとした。永遠などないことに今更気がついたのだった。不動もアトラスは成長する。そしていつか不動とともに劣化していくだろう。アトラスが欠陥となったとき、不動があの少女のようにならないという保証はない。不動は人間だ。アトラスは人形だが、あまりにも簡単にうつろいでゆく人間なのだ。……違う。アトラスは、人間だ。俺はなにを考えた。アトラスは人間なのだ。
どこをどう通って帰ったのか覚えていない。不動はいつの間にか自分の家に帰ってきていた。出ていく前に窓際にすわらせていたアトラスを抱きしめる。不動は18歳の立派な青年になっていた。生きていくには金がいる。不本意ながら、不動は仕事にでていかなければならなかった。その間、ずっとアトラスを一人にしておくのは耐えられないほど辛いことだった。
言葉を失ってからのアトラスは、まるで生きる気力をなくしたように日々を過ごすようになった。だから彼はますます人形に近づいていった。自分で歩くこともやめて、ずっと壁に背中を預けて一日中すわっている。不動がたとえば一日中水を与えなくても、アトラスは一言も言葉を発さなかった。ただすわっているだけだ。よけい人形じみて仕方がない。
ジャック、今日はどうしようか……。
不動は形式どうりにアトラスに問いかける。アトラスは相変わらず不動をみているのかみていないのか、ただぼんやりとしていた。
「なぁ、ジャック。あの人形、捨てられたらしいぞ」
不動は思わずそう口走っていた。はからずしもなにかしら反応がみたかったからかもしれない。おまえは、俺に捨てられたくないだろう?歩く力も失い、喋ることもできないお前に必要なのは俺だけのはずだ。なぁそうだろう。言葉の裏に闇を含ませて不動はアトラスを問いつめた。アトラスはなにも反応をしめさずただ微笑している。不動は急に罪悪感が積もるのを感じた。無垢の瞳におびえたのだ。アトラスならそうされてもまるで人形のように笑っているだろうと思った。それがたまらなく恐ろしいのだ。
「…冗談だ、俺がお前を捨てるはずがない……」
不動は謝罪のかわりに薄い唇に口づけを落とした。舌をいれてかき混ぜる。唾液で潤っているはずなのに、不動にはまるでそう感じられなかった。ほんとうに人形を愛しているみたいだった。見返りのない愛。一方的な愛。けして報われないそれはまるで幼い時に見た光景とそっくりだった。違う。俺はジャックを愛しているし、ジャックも俺を愛している。彼女たちとは違うのだ。

夕食を終えると不動はアトラスを横たえて、そこで彼を抱いた。アトラスは不動の動きにあわせてもだえはじめた。不動は珠玉の肌を心行くまで堪能した。ずっと指で触れていた場所を上書きするように唇で、舌で味わっていった。丹念に胸を愛で、薄く隆起している腹をねぶっていく。アトラスの肌は傷一つない。アトラスは不動の行為におびえているように見えた。不動は大丈夫だと落ち着かせるように彼の頬をなでる。
「はぁ……ッ、ジャック…」
不動はアトラスの中に自身を沈めた。アトラスはいやらしく不動自身に絡みついて離れなかった。まるで不動からすべてを搾り取ろうとしているようだ。そう思うと不動はえもいわれぬ幸福感に包まれた。そして欲情した。
「あ、ぅく……好きだ、好きなんだ……ッ。頼む……返事を、してくれ……」
繋ることができてうれしいはずのなのに、不動はわけもわからず涙を流した。ああ、きっとこれはうれしいから涙がでるのだ。不動はそう思いこんだ。涙をぼろぼろとこぼしながら、やがてアトラスの中に大量の白濁を注ぎこむ。
アトラスの体を清めながら、不動は二度三度眠りかけた。不動は仕事が終わると真っ先に家に帰ってアトラスの世話をする。夜はずっとアトラスの体を抱いていた。まるで憑かれたようにアトラスを求めた。だから不動は眠っていない。だがそんなことは不動にとっては問題ではないのだ。いかにアトラスからの愛をもらえるのか、不動はずっとそのことだけ考えた。相思相愛であることを心の底から願っていた。
だから不動は気づくのを畏れた。今のアトラスは、ほんとうの人形になってしまったアトラスは、いつまでも無償の愛が受け取れると思いこんでいた哀れな、まるでレジーナのようではないか、と。




110205
拝借 レジーナ

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