Adult and Child





晩餐の後に、自宅でちょっとした酒をたしなんでいるときだった。空っぽになった酒缶が1本並べられている状態だったが風馬は1本でもう酔ってしまうような人間だった。ピンポーンと間の抜けたインターフォンの音で風馬はほんの少し正気を取り戻して玄関にでていった。突然の来訪者に風馬はもともと赤かった顔をさらに真っ赤にした。「酒くさいな。ちょうどいい」はいるぞ、と不躾に玄関まであがってきたのはジャック・アトラスだった。風馬は当然混乱した。そして気分が高揚していることにきづいた。それは嬉しいに属する感情である。
風馬はとりあえずジャックの侵入を阻んだ。「なぜだめなのだ」「なぜって…」よくよく考えれば理由なんてない。ただジャックにひどく酔っぱらった姿をみられるのがいやだったから。たぶん。風馬がそうなあなあにしているうちに強引にジャックは片っぽのブーツを脱ぎ捨てた。ここまでくればどうひねっても少し強く当たるしかジャックは帰ってくれないだろう。風馬は頭をかきながら「掃除してないから汚いぞ」と早口にいった。ジャックはにやりと笑っただけだった。こうして彼はどうどうと風馬のプライベートに踏み込んだ。

彼の所持品はビニール袋がひとつ。中には2本のビールの缶。ジャックは自分のもってきた缶をあけて一口つけてたあとそれをまずいと言って風馬につっかえした。「ビールは冷たい方がうまい」風馬が冷蔵庫から買いだめしていた酒の缶をもってくるとジャックは風馬の飲みさしの酒をもう飲みつくして餌をまつヒナ鳥のように風馬をまっていた。そして持ってきた分もぜんぶ飲んでしまった。風馬は酔いがまわってきてそろそろほろ酔いよりかは完全な酔っぱらいで、そんなジャックのあざとい部分はまったく目にはいってこなかった。風馬はただ陽気にジャックの薄い唇にアルコールが消えていくのをにこにこして見守った。「いいのみっぷりだなあ」ジャックが3本飲む間に風馬はその言葉を4回言った。
「酔っているな」ジャックは確認するようにいった。
「ああ酔ってるさ」風馬はわらった。ジャックに、とはいわず「酒に」とちゃんといえた。酒に酔うとどうもしらずしらずのうちに女でも男でもくどく彼のあだ名はドンファンである。同席した気の強い上司を口説き始めたときは、同僚にまるでチンピラのごとく怒鳴られた。その同僚の手を取り、「女性の前で怒鳴り声をあげるのは感心しないが、俺はおまえのそういうところが好きだぜ」と緑の草原も真っ青なさわやかさでいいだしたときは周りも凍った。「俺には狭霧課長が」「私にはアトラス様が」そして一件落着になった。本人だけは覚えていない、たちの悪い酔っぱらいである。
「おまえと飲むと気分がいいな」
「キングにそういってもらえるとは光栄だ」
「…キングか」俺はもうキングではない。すっとジャックの顔が色を失う。
「いや。俺の中では、ジャックはずっとこの街の王だ。俺だけじゃない。ほかにもそう思っているやつはたくさんいる」おまえのライディングデュエルに俺は惚れたようなもんだぜ?風馬は、ははは、と照れをかくさずにわらった。
「ならば今のオレにはさぞかし失望しているだろうな」
「まさか。ジャックの強さはかわらないさ」
かわらない、か。ジャックはつぶやいた。
「うん、今でも覚えてる…不敗伝説を宣言したときのこと…」酒の勢いもあり、なによりずっとあこがれていたキングを前に風馬は饒舌に語った。「ほんとにかっこよかったよ。綺麗だった。あのころはまだ17歳…18?だっけ。俺よりも年下なのに、がんばるなあって…」ぐい、と風馬は残りの酒をあおった。「こうやって一緒に酒のめるなんて夢みたいで…」
「もうやめとけ」ほんとに夢の世界に旅立ちそうだぞ、とジャックはあきれた。風馬の背中に手を添えた。
「うんごめんな。せっかくきてくれたのにこんな酔っぱらいの相手で」
「気にするな。いい収穫だ。まじめなセキュリティの弱点がわかった」
「うう、俺なさけないなあ…」
こんなかっこわるいところ見せたくなかった。だだっ子のようにつぶやく風馬をジャックは不覚にもかわいらしくおもった。まるでこの男より年上の立場になった気分になる。そしてジャックはいつも風馬がしている口調をまねして子供だなあとからかった。もうすっかりここを訪ねた理由もわすれたふりだ。もうぜんぶ酒のせいにしてしまおう。
「ほらベッドまで運んでやろう」
「…さすがにそこまで、甘やかされちゃこまるな」
ジャックが抱き起こそうとした手をつかんでひきよせる。「格好がついていないぞ、色男」「…残念。これはアンフェアだ。次起きたときは、君のその顔の理由をきかなきゃな…」おやすみ、ベッドはつかってくれよ。そういって風馬はソファに沈んだ。最後の最後にまるで大人の了見をみせつけるように気を使われてジャックは複雑な気持ちで風馬の顔を見下ろした。

「…どうして、わかるのだろうな」
ジャックが帰る気なんかなかったことを気づいて、風馬はベッドをあけてくれたのだ。ジャックは床に膝をついた。そして祈るように風馬の手を両手でつかんだ。すがるようにもみえた。

「ジャック、強さってなんだと思う」
不動遊星の言葉がよみがえった。ジャックはそれに圧倒的なパワーだとこたえた。我が魂レッド・デーモンズ・ドラゴンこそ至高の力だと。そうすると遊星はそうだな、と一度は肯定するものの「だが、」と言葉を続けた。
「ジャックは最近、力に頼りすぎているように…思う」
「…なんだと?」
「いや、ジャックの強さは本物だ。しかし、ナスカでのこともある…」
「だからなんだというのだ。結果的に新たな力を手に入れた。おまえと肩を並べて戦う力を」
ジャックがそういうと遊星はなにもいえなくなってしまった。力を欲するあまりに、また悪魔に魂を売り渡すような暴走をしてしまうのではないかと危惧した忠告だった。だがそれが自分のため、仲間のためだといわれれば、遊星はだまるしかない。いえるわけがないのだ。ジャックも遊星がいいたいことはなんとなくわかっていたものの、それをきこうとはしなかった。逆に、サテライトにいるころとはうって変わって強くなっていく遊星に嫉妬すら覚えていた。
遊星を育てたのは、ジャックだといってもいい。彼への敗北、劣等感が遊星に種を植え付けた。そしてジャックがシティへいくことでくすぶっていた火種が芽を出したのだ。執念が遊星を強くした。それはジャックを破ったあとでも成長して止まらなかった。今度は、ジャックが種を植え付けられたも同然だった。だが遊星はジャックを仲間だと呼びともに戦おうともちかけた。ジャックは、くすぶる火種をどうしようもできなくなったのである。それはジャックの身を焼いていった。遊星の背中をみるにつれて自分と実力が離れていくのをひしひしと感じるしかなかった。ひどい嫉妬だとジャックは思った。

「そんなこと情けないこと、言えるはずがないだろう…」ジャックはぼそりとつぶやいた。仲間だからこそ秘密にしたい思いというものがある。ジャックの場合は弱みだった。そして風馬なら、わかってくれると思ったのである。彼はジャックの話をいつもきいてくれる。甘えさせてくれる存在を無意識のうちにジャックはもとめていた。自分を肯定してくれる者の存在をもとめていた。ジャックは愛に飢えた子供であったし、キングになり万人からそそがれる愛がここちよかったこともある。母親の愛はマーサから。友人からの愛は一緒に育った幼なじみから。敬愛はキングとよび慕ってくれるファンから。それでもなお無理に背伸びした頭をなでときにはしかってくれる愛にジャックは焦がれていた。そんなことを彼にいったら、きっと仰天するだろう。それは父性に近かった。だがジャックが風馬にもとめているものは決してそれだけではない。
ジャックは風馬の小指の先にそっと唇をおとした。ジャックは風馬から離れて、残っていた温い酒を一気にあおった。そしてそのまま机につっぷして眠った。次に起きたとき、自分がベッドに寝かされていることにきづいてゆるゆると息をはいた。知らない天井。それだけでもうこれが誰のベッドなのか予想がつく。ジャックはふとんをかぶりながら風馬の名前をつぶやいた。そして猛烈な恥ずかしさにおそわれた。もうすぐジャックを起こしにくる足音が近づいてくる。



110116
拝借 OTOGIUNION
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