鬼柳京介のにっきちょう
※モブ×クロウ描写あり。



『いつまでもこんな日が続けばいいのに。俺とクロウと遊星とジャックで、いつまでも。』

狂気が感染するなんてばかばかしいたとえだったが、実際に目の当たりにすると笑い飛ばすなんてことはできなくなる。苦くなるように濃く煮詰めた鬼柳京介の怨念がこの住みかには染みついていた。遊星は数時間おきにこの空気に耐えきれずうっと唸ってばたばたと外に出ていって嘔吐する。鬼柳がいちばん最後に恨みをぶつけたのは遊星だったから、自己犠牲精神の強い遊星にはよほど耐えられなかったことなのだろう。そしてジャックは躁鬱状態になった。ただひたすら屑鉄の山に登って、だからといって登山者のように達成感や清涼感を味わうこともなくそこからシティを睨みつけているだけだ。かと思ったら苛々して物にあたり人にあたったりする。被害は主に遊星が被った。何も言わない遊星を延々と殴り続けるジャックを止めるのは最初こそクロウの仕事だったが、最近ではそれをよしとする遊星にも自然恐怖を感じた。二人はそれで奇妙にもバランスをとっているようだった。気味の悪さを覚えたがだからといって仲間がサンドバッグにされるのを黙ってみるのはクロウの倫理観が許さなかった。ジャックの腹に蹴りをいれて「そんなに殴りてぇならそこら辺に転がってるく
ずでも殴っとけよ」と怒鳴った。クロウの言葉にジャックは黙って出ていった。そして全身をびしょびしょに濡らして戻ってきた。唖然とするクロウと遊星にジャックは「頭を冷やしてきた」と言い、丸めた汚い紙をクロウに押しつけた。「なんだよこれ」クロウは広げてそれに書き付けられた汚ならしい字を読んだ。
『作戦は半分成功で半分失敗だ。クロウが先に敵を油断させといて一気に片付ける作戦だったが遊星は合理的じゃないって言ってた。仲間の意見が聞けねぇなんて俺ほんとリーダー失格だな。クロウに謝っておかねぇと。少し頭を冷やそう。川にでも飛び込んだら気持ちよさそうだな。』
鬼柳京介の懐かしい字にクロウは一瞬はっとした。不覚にもゆるりと視界が滲んだ。ジャックは「鬼柳が書いた日記だ」とぽそりと言った。滴をぽたぽたと垂らす。「日記?」鬼柳は日記なんて書いてたのか。いやそれよりも、
「お前、川に飛び込んできたのかよ」
「鬼柳は嘘つきだ。ぜんぜん気持ちよくなんてなかったぞ」
ジャックは濡れたまま遊星のところまでいって、自分が殴った場所をせっせと治療し始めた。遊星はおっかなびっくりといった様子でジャックとクロウを交互に見ていた。やがてありがとうと礼を言った。

仲間の奇行は鬼柳京介の遺言のような日記でおさまった。かわりに鬼柳京介が生きていたという痕跡を探すためにクロウは必死で敬遠してきた思い出を探しはじめた。日記というより、メモのような感じでそれはカードの山から見つかったり服のポケットから見つかったりした。『クロウ好きだー!愛してる!』『使えるカード拾った。ラッキー!』それらはクロウを笑わせたりはしなかった。鬼柳京介はもういない。一つずつ拾って読むうちにクロウはぐしゃぐしゃに顔を歪ませた。京介、京介。ごめん。俺のせいだ。お前が死んだのはお前を止めずに、逃げた俺のせいだ!

『サテライトを、制覇した。』

クロウはそこで読むのを一瞬やめてしまう。忌まわしき記憶がよみがえろうと背骨からクロウの脳を狙った。うっ、とえずきそうになるのを押さえ記憶に蓋をして読み進める。『やっぱりこのチームは最高だ!』そしてその先は、無惨に千切りとられていた。クロウは紙を落としがくがくと震えだした。


制覇したその日のうちに、クロウは暴漢によって汚された。

鬼柳が気づいたときには、クロウはもうボロボロで声もでない状態だった。一種の脅迫状態に陥っていた。ギャングといっても、所詮ただのティーンエイジャーなのである。「クロウ!」鬼柳は汚れるのも構わずクロウを抱きしめた。クロウはただひくひくと喉を震わせるだけしかできない。全てが恐ろしかった。男が恐ろしい。それは彼を抱き寄せる鬼柳も例外ではなかった。
「クロウ、すまねぇ!」
「ぁ…鬼、柳……」
鬼柳はクロウの頭に手を回した。その大きさと生暖かさは先程の凌辱で押さえつけられた手の感触とそっくりだった。「ひぃ……ッ」クロウは息を飲む。クロウの怯えように鬼柳はますますクロウを襲った暴漢と、自分のふがいなさに怒りを燃えあがらせた。クロウのデュエルディスクには繋がれたままの手錠と、相手の物であろう壊れたデュエルディスクが残されていた。
クロウをこんなにしたのは、同じデュエリストか。許さねぇ。許さねぇ!絶対にぶっ殺してやる!
ぐっと腕に力がこもった。震えるクロウを抱き抱える。
「クロウ、体を洗おう」
クロウはこわごわと頷いた。汚れを洗い落としたかったし、早く一人になりたかった。クロウの精神状態は破綻していたが、そのときの鬼柳京介もまた、愛しいひとを犯されたショックで破綻してしまっていた。そして、極端な方向へと転がってしまった。鬼柳の目は見れば石化してしまうほど恐ろしいものになっていたが、クロウは気がつかなかった。

「ちゃんと俺が綺麗にしてやるから。な?クロウはじっとしてるだけでいいから」
鬼柳は廃ビルにクロウを連れ込むとバケツに入れた水をクロウの体にかけ、自分の指で擦りはじめた。クロウには自らを汚した男の指をフラッシュバックさせるのに十分だった。「ぅ、ああッ!」クロウは暴れたが、鬼柳によって押さえつけられてしまった。まずいな、と鬼柳は焦り始める。まだこんなにも汚れているから、クロウは安心できないのだ。早く落ち着かせないと。綺麗にしないと!細い体に散らばる暴行の後に鬼柳は息を飲む。ぎらぎらと二対の獣の目がクロウの身をすくませた。嫌だ嫌だ怖い!クロウは涙を流したが鬼柳はそれが自分のせいだとは気づかない。汚された恐怖と、解放感からでた涙だと思っている。自分はクロウの仲間で、恋人であるから、まさかクロウが自分を恐ろしいと思っているなんて微塵にも思っていない。鬼柳は中に残っていた精液をすべてかきだしていき、まさかその行為がクロウの精神を引き剥がすことも知らずに「もうお前は汚れてないから。な?俺がお前を守るから」とクロウを抱き寄せた。
その出来事から、鬼柳は変わった。目を背けたくなるような非情な残党狩りをしはじめた。遊星やジャックがだんだん鬼柳への不信感を募らせていく毎日が心苦しくもあり恐ろしかった。彼らは、クロウがされたことや鬼柳がしたことを一切知らないのだ。だからクロウだけは、鬼柳の味方でいたかった。だがどうしても恐怖が先行する。その恐怖はクロウと鬼柳の間に溝を作った。クロウは鬼柳を拒絶するようになり、それを暴行によるショックだと決めつけ鬼柳はますます残党狩りに明け暮れた。殺気と他人の血を垂れ流しながら「クロウ、もう大丈夫だ。お前を傷つけるやつはいねぇから」とクロウを抱き締めるのは、ますますクロウの恐怖を助長し敬遠する理由にしかならなかった。


クロウは深呼吸をしてようやく呼吸を落ち着ける。そして落ちた紙を拾った。だが、クロウはだんだん、集める日記の先が怖くなりはじめた。
もし、この日記の先が、俺への恨み言で埋め尽くされていたら、どうするんだ。
チームを一番最初に抜けたのはクロウである。あんなに自分のことを気にかけてくれて、愛してくれた人を、捨てたのである。クロウはそのことを思い出すたびに死にたくなった。どうして、鬼柳を信じてやれなかったんだ。どうして!罪悪感がクロウを蝕んでいった。だが許しをこう対象の鬼柳京介は死んでいる。それこそが地獄だと感じた。これからクロウは、永遠に、許してもらえない罪を背負いながら生きていかなければいかなくなる。つまり死んでしまいたいと思うのは確かに鬼柳への罪悪感もあったが、一番は罪の重さに耐えきれない逃げの姿勢だった。誰か、俺を罰してくれ。許してくれ。クロウは、その思いを小さな紙に求めた。鬼柳が、自分を恨みながら死んでいったのなら、クロウは鬼柳を捨てた罰を受けているということになる。罪には罰を。それは、遊星が甘んじて暴力を受けた理由そのものだった。クロウははっとした。だが、クロウには誰もいないのだ。クロウの罪を許してくれるものは、鬼柳京介でしかなかったのだから。

クロウがいくら探しても恨み言を綴った紙は見つからなかった。もしかしたら、あれが最後の日記だったのかもしれない。いてもたってもいられずクロウはゴミ箱がわりのビニール袋の中を探っていた。まるでカラスと変わらないと思った。いや、なにをバカな。自分はカラスだから別におかしくなんてない。今自分の姿を誰かが見れば、黒い翼のはえたそれに見えることだろう。
「クロウ、いったい何を探しているんだ……」
遊星は聞いたがクロウの顔を見て口をつぐんだ。彼が探しているのはとても大切なもので、自分が触れるのもおこがましいものだと感じたのだ。あるいは、死ぬ直前の鬼柳京介の剣幕にそっくりだと思ったのだ。何かを必死に取り戻そうとする顔。逆にクロウは、遊星をうらやましいと感じた。一時の罰を受けて、遊星の顔から影が薄らいだように感じた。「俺のことはほっといてくれ」遊星は黙ってクロウの言う通りにした。なにもできなかったと言ったほうが正しい。

そしてクロウは、ついに見つけてしまった。


クロウはそれをおそるおそる読んだ。一文字追っていくごとに心臓を潰された感覚がした。たった一行の文字を時間をかけてゆっくり読んだ。そしてクロウは泣いた。鬼柳が死んでからはじめて泣いたのだ。鬼柳の言葉は、極めて簡潔なものだった。気が狂っていたとは思えないほど純粋な思いに満ち溢れていた。どうしてこうなってしまったのだろうと嘆くことすら許されない供述に思えた。彼の願いは、最初からたった一つだけだったのだから。





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