IKEMENストーカー遊星の日常




(RRRRR…)

不動遊星の朝は早い。
午前6時、普段どおりにばちりと目を開く。起床。機械的に手足を動かして衣服をてきぱきと着替える。几帳面なところとずぼらな面を併せ持つ遊星は、脱ぎ散らかした衣服をたたみもせず部屋を出た。
ジャックの部屋へとむかう。
音を立てないようにそっと足を忍ばせてベッドに近づいた。深く眠りに落ちているジャックは彫像のように美しく冷たい。西洋人特有の高く整った鼻梁に耳を近づけ、息が鼓膜をくすぐるのをきいて遊星は満足げに微笑んだ。「おはよう、ジャック」遊星は息を吐くように囁いた。薄く開いた唇からもれるその吐息を感じるように唇をくっつけ、すぐに離す。それは儀式のようだった。眠りの姫を100年の眠りから起こすような、厳粛な雰囲気さえ感じさせる。だが当然ジャックは起きる気配をみせない。彼は低血圧で、おまけに睡眠薬を飲んでいる。この時間に起きたためしは無い。だから遊星はわざわざこの時間を狙って来る。遊星は一通り見回して変わったところはないかと確認し、ゴミ箱の中を覗き込んだ。丸められたテッシュを回収して部屋を出る。

遊星が部屋に戻る頃には、そろそろ食事当番が起きてきて朝食の準備を始める音がしてきていた。今日の担当はブルーノだ。彼は必ず卵をターンオーバーにする。そして黄色くてとろとろの黄身でないからといってジャックと口論することになるのだ。結局はブルーノが折れるのだが、最近ジャックは片面焼きに失敗してスクランブルエッグになっても黙ってそれを食うほど空気が読める男になっていた。料理に失敗するとブルーノが相当落ち込むからである。
「クロウ!クロウッ!」
ブルーノはフライパンを片手にまだ寝ぼけ眼のウロウを呼んだ。「ど、どうしよう!」見て、と急かされクロウは言われるがままに手元をのぞきこんだ。太陽にも負けないくらいの丸い黄身が潰れずそこにあった。「成功だよね?これ?」
「おー、やったじゃんブルーノ!」
クロウはそこで遊星に気付き「よぉ、早いじゃねーか」と声をかけた。同じ調子で遊星も返す。「昨日はよく眠れなかった」と遊星が呟けば「クロウのいびきがうるさかった、とか?」「んだと!」クロウはブルーノの首を、は届かなかったので背中をばしばしたたいた。「いたたっ、遊星、すぐご飯の準備するから座ってて!」と席に促しクロウに追いやられるようにしてキッチンへと帰った。

朝食を食べて、遊星は工具を持って頼まれていた修理にでかけようと準備を始める。そこでジャックとであった。美しい人形が意思を持って動き回っているように、その動作は優雅である。冗談でおそよう、といってみるとジャックは不機嫌な顔でああ、とだけ言った。おそらく寝たりないんだろう。きっと掃除のためにクロウに追い出されたかなにか。居場所のない彼はぶらぶらと遊星のところへ様子を見にきただけだろう。「よく眠れたか?」その途端ジャックがぎくりと肩を震わせたのを遊星が見逃すはずがなかった。ジャックは視線をさまよわせ「……おきていたのか?」とおそるおそる聞いた。いや、と遊星は答える。そうか、とジャックは遊星の言葉を鵜呑みにして「また薬を買ってきてくれ。最近眠れない」とだけ言って踵を返した。足早に遠ざかっていくジャックの体を見て遊星は頭のメモに薬局に寄ることを追加する。



薬。
遊星は仕事を早々とすませ薬局に来ていた。買うものはきまっているのに時間を潰すようにいろいろと見てしまうのは遊星のくせだ。遊星は溢れんばかりに並ぶたくさんの物が好きだった。サテライトの事を思い出すからかもしれない。無駄なもの、壊れたものだと捨てられてきたシティの物を並べるのが好きだった。自らの手で集められたそれらを見るだけで心が充実する。おかしな子供だったと自分でも思う。収集が好きだった。ジャックには呆れられた。クロウには一緒にカードを収集しに行こうと言うと喜んだ。しかし遊星は集められればそれがなんだって良かったのだ。ぼろぼろのカードでも、壊れたオルゴールでも、エッチな雑誌でも、集めるだけ集めて、遊星の周りはやがて物で溢れるようになった。だから成長した今でも、こういった棚にずらりと並んだ商品をみるだけで遊星は心の安寧を得ることができた。
遊星は1時間店内を物色し、棚から一番軽い睡眠導入薬を選び出した。本当はこんな薬なんかにたよって欲しくはないのだが、ジャックが言うなら仕方がない。それに朝の神聖な儀式を我慢するのも耐えがたかった。
ジャックは最近情緒不安定だ。
よく叫ぶし、殴るし、コーヒーをがぶ飲みする。そして夜は薬を飲んで寝る。それにおかしなことといえば以前ライダースーツを首をかしげながら着ているのを目撃した。そしてアキに「洗濯をすると縮むのか」と相談していた。そこから先はアキが声を落としたため聞こえなかったが、ジャックはそこから飯もあまり食べなくなった気がする。今日だって現に朝食を食べなかった。ジャックの分の目玉焼きはクロウがたいらげていた。ジャックの数々の奇行を遊星は心配した。ジャックについて考えているうちに、どんと肩を乱暴にたたかれた。「早くしろ」大柄な男はそういって遊星をにらみつけた。そういえばレジに並んでいたのだと思い出し迷惑そうな顔の店員に慌てて薬の箱を渡した。近頃ジャックのことを考えていると時間も忘れてしまうようだ。ビニール袋を手にして遊星は夕闇へと染まりつつある街角をDホイールで走り抜ける。



夕食は仕事が早上がりだったらしいクロウが腕によりをかけて作っていた。「遅かったなー!もう腹が減って仕方がなかったんだよ」というクロウには「少し作業に手こずってな」とごまかしておく。ジャックはいなかった。「ジャックは風馬さんと出かけていったよ」とブルーノが教えてくれた。
「風馬?なぜ風馬なんだ?」「さぁ」
あまりにも急すぎる。遊星はあせって問いかけるもクロウもブルーノも首を捻るばかりだ。
「最近、仲が良すぎないか」そういえばこの前だってライディングデュエルの誘いを受けていた。「いつ帰るんだ」
「遊星、なに不安がってんだよ。まるで嫁入り前の娘を持つ親の顔だぜ」あんな性格じゃあ誰ももらってくれねぇけどな、クロウはそうやってちゃかして遊星の顔を少しでも綻ばせようとして失敗した。遊星はもくもくと飯を食った。クロウはそんな親友の姿にも苦笑いをこぼしただけだった。遊星は過保護すぎる。あーあ、今頃風馬に美味い飯でもおごってもらってんのかなぁとこっそり思った。ブルーノはといえば、ジャックはきっと居辛いんじゃないかな、と今この場にいない同居人の気持ちを考えてみた。だって遊星もクロウも働き者で、ジャックは僕みたいに機械を弄れないから。ラジーンでコーヒーを飲んでるのも、Dホイールを一日中走らせたりしているのも、ここが居辛いからなんじゃないかな。ブルーノは二人の間に挟まれて沈黙した。

「ずいぶんと辛気臭い食卓だな」
やがて帰ってきたジャックは誰のせいともしらずのんきに感想を言った。それから自分の飯がないことに激昂した。遊星は自分の分を半分も分け与えた。やっぱ過保護だとクロウが呟いた。



洗面所に金の髪が落ちていた。遊星がそれを拾い上げた瞬間に風呂場の扉がいきなり開いた。「遊星!?」「す、すまないッ」何も纏っていなかったジャックはすぐさま扉を閉める。遊星も洗面所から慌てて出て行った。かーと顔が熱くなる。今この場でクロウかブルーノとすれ違ったら熱でもあるのではないかと勘ぐられるくらいだと遊星は思った。しかしそれよりもジャックの日に当たらない2本の白い足を思い出して遊星はますます赤面した。できるならこの頭の中の映像を抽出して飾りたいぐらいだ。でもまずはこの金の髪を失くさないうちにしまっておかなければならない。遊星は自分の部屋に戻った。ブルーノとすれ違う。「遊星、顔が真っ赤だけど熱でもあるのかい?」案の定たずねられてしまった。「いや、大丈夫だ」「でも、薬とかは」「休んでいれば治る。おやすみ、ブルーノ」遊星は苦手な笑みを浮かべてブルーノが部屋に消えるまで見送った。それから自分も部屋に戻る。
机の上に広げるのは金の髪と、今朝からポケットに丸められたままのティッシュだ。まず遊星はベッドの下にしまってあるスクラップブックを取り出して新しいページに今日の日付を書き込んだ。指の先にセロハンテープを貼って髪の毛をそこに貼りつける。慎重に。しっかりついたことを確認してからふうと遊星は一息ついた。ティッシュが揺れる。ああこっちもしておかなければ、と遊星はふわふわと揺れるそれを取って広げた。ぱりぱりに乾いた精液のあとがあった。まぎれもないジャックのものだ。遊星はテッシュに鼻をつけて残滓のにおいを吸い込んだ。独特のにおいにああ、と遊星は恍惚に染まった息を吐き出す。テッシュについた精液と、白い水蒸気の中に隠れきらないジャックの肢体を思い出して遊星は興奮した。すらりと伸びた筋肉質な足のストイックさが逆に性的だった。しかし、遊星がいつものように想像の中のジャックの恥態をどう演出するか悩んでいたとき、こんこん、とドアをたたく音がした。遊星は急いでスクラップブックにティッシュをはさむと元通りに奥深く直す。
「…ジャック」
律儀にノックまでしたジャックは一言「薬…買ってきただろう?」と催促した。遊星は薬を渡す。「控えたほうがいいんじゃないか」「いや、これがないと眠れないのだ」ジャックはそういって隣の自室に戻っていく。遊星はその会話で今日も飲むんだろうな、と推測した。「おやすみ、ジャック」「あぁおやすみ」そういいながらもジャックがすぐに寝ないことを遊星は知っている。

遊星はしばらくしてから枕の中に手をつっこんで小さな機械を取り出すとそれに耳を押し付けた。くぐもったような押し殺した声が聞こえた。それはジャックのベッドの裏に忍ばせておいた盗聴器が拾う音だった。「んー…、ん、ふ、あぁ…」ノイズが混じったその声は遊星の官能を引きずり出すのに十分だった。いてもたってもいられず遊星はベッドの下からジャックのポスターを取り出した。フォーチュンカップ戦のときに大々的に使われていたポスターをプリントアウトしたものだ。これは汚す用だ。自分のものを取り出すとすぐさま扱きだす。「はあ、はぁ…う……」ジャック、と呟きそうになった口を慌てて堪える。右手で口を塞ぎながら左手は動くのをやめなかった。ジャックがいつも壁の向こうでそうしたように。くぐもった声を聞きながしながら遊星は自慰にふけった。断続的に聞こえる喘ぎ声を聞きながら遊星は自分でも戸惑うくらいの卑猥な言葉を呟き、ジャックの頬に性器を擦り付ける。昨日、ジャックは誰を思ってこのティッシュに欲を吐き出したのだろうか。それを思うといつもめらめらと嫉妬の炎が遊星を熱するのだが、同時にそれが誰でもいい、と投げやりな気持ちにもなった。自分はジャックに関するすべてのものを収集するだけで十分だ。それだけで彼のすべてを理解できたような気分になる。遊星はふーふーと手のひらから熱い息をもらし、好戦的にこちらを睨み付けているジャックに吐精した。白濁した液を指先でこねるように混ぜるとなんともいえない幸福感につつまれた。あぁジャック、俺が唯一手に入れられない愛しい人。いつかあの声が遊星、と名前をよんでくれたらいいのに。そしたら自分は誰も見たことがないジャックのすべてを収集できる権利を得たことになる。あられもなくとろんと紫を潤ませてる姿、焦らした末に自分のものが欲しいと懇願する声……それをビデオテープにおさめることができたら。遊星はそう思いながら静かになったイヤホンを耳から取り外しまたもとの場所にしまった。背徳的なものをすべて片付けると遊星はようやくベッドに横になる。今日もいい夢がみれそうだと遊星は思った。





101203
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