子ネタ

ゾンアポ





瓦礫の山にたたずんでいるゾーンをみつけるとアポリアの胸はいつも傷んでしかたなかった。ゾーンはただひたすらなにもない天井をみつめてぼぉっとしている。その姿はなぜか痛々しかった。さながら主人を待つ捨てられた飼い犬のようなのである。ゾーンがそうやって無い空をみつめているとき、彼がなにを考えているのかが気になって仕方がなかった。どうも別人のような印象を覚えてしまう。ぴんとはりつめている糸がゆるんだような、それが彼のまとっていた空気だと言わんばかりのあたたかい温度が感じられてしまう。そしてその空気の膜の外に自分はいるのだとさみしくなってしまう。体が機械のアポリアがそんなことを思ってしまうのは、彼を作り上げた人間の傑作の賜物だった。モーメントを構成する遊星粒子には二つの役割がある。ものを繋げる力と心を読み取る力。前者は彼の人格と体を融合させることに作用し、後者は鉄の塊に感情というものを与えた。人格の融合を果たすためにアポリアのモーメントは他の仲間より大きめに作られており、それゆえ感情の揺れ幅もひどい。アポリアは時々感情の奔流に流されたまま戻ってこれなくなってしまう。
あたたかい食べ物がほしい。あたたかい体温がほしい。あたたかい思い出がほしい。アポリアは心のそこでいつものぞんでいた。彼はずいぶんとさみしがりやだった。それは大切な人を失ってからずっとひとりで生きていたことに起因する。言葉すら忘れかけていた記憶を掘り起こしてもう一度人間に戻してくれたのはアポリアの仲間のおかげだ。それだからアポリアは彼らのことを大変愛していた。それゆえもう一度失うことが恐ろしかった。アポリアは一度だって口にだしたことはないが、このまま時を越えるなどという禁忌をおかさず、ずっと四人で暮らしていければいいと密かに思っていた。朽ちることもなく、永遠に彼らと暮らすのだ。なんて充実した日々になるんだろうか。アポリアはたびたび夢想し、誰に言うことにもなく心の奥深くにしまいこんだ。言うつもりもなかった。
「そんなところにいないで、こっちに来たらどうですか」
ゾーンは同じ姿勢のままアポリアに隣に座るよう声をかけた。まさかこちらに気づいているとは思わずアポリアは慌て、やがてばつが悪そうな顔でキミの邪魔をするつもりはなかった、と返した。仮面の奥でふっと笑う音がした。「最初からきづいてましたよ」そんなに熱心にみつめられると少し恥ずかしいです、と言われてしまうとアポリアは縮こまるしかない。アポリアは恐縮しながらガラクタの山をのぼっていった。ネジを蹴りあげ机によじ登る。ようやくアポリアは頂上につくとゾーンの隣にちょこんと腰を落とした。そしてほんの少しだけ距離をつめた。アポリアが座ると同時に、天井がみるみるうちに色を変えていく。
「これは……」
深い闇色になった天井はぽつぽつと小さな光で我が身を飾り始めた。星空だとアポリアは直感した。知らず知らずのうちに息を飲む。それに合わせてホログラムは流星を2つ瞬かせた。
「綺麗でしょう」
ゾーンは呟いた。ゾーンは特別星空が好きだということはないが、ゾーンに残された不動遊星の人格は星空がとても好きだった。引き摺られていつの間にか自分も好きになってしまったらしい。ゾーンは苦笑してアポリアのほうをみた。アポリアはいつの間にかゾーンにぴったりと身を寄せてゾーンをじっと見ていた。
「キミは、ここにいるんだよな…」
ゾーンは質問の意図がわからず、しばらく考え込んでしまった。不動遊星の人格のことが一瞬だけ脳をかすめる。しかし、アポリアは顔を背けてすまないと謝った。
「…夜は嫌いなのだ」
アポリアの記憶には、いつも根底にひとりぼっちの寂しさがある。両親を亡くしたときも大切なひとを失ったときも、そして一人で荒廃した地をさ迷っていたときでさえ星空は美しかった。街が死に絶えていけばいくほど美しさは増した。あれは空にのぼっていった人々の命だと錯覚するほど。アポリアがしがみついた大地に生命が途絶えたとき、ぞっとするほど空は星に埋め尽くされた。そのときに感じるのは孤独、虚無感、諦念の思い……吐き気がするほどの、黒々とした恐怖。
アポリアは夜空から目を背けるように地面に視線をおとした。触覚がないアポリアはなおも温もりを求めてゾーンに寄り添った。ゾーンは静かに立体ホログラムを解除する。星空は消えてただの無機物に姿を変えた。だがゾーンの心はいつまでもすっと晴れることはなかった。





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