10年後も貴方と
ーー2018年12月7日 金曜日
生まれて29年目。付き合って12回目の誕生日。何度も繰り返せば、それは当たり前になり、誕生日も普通の日になり、忘れることもある。相手の予定は確認済みだが、急に仕事が入ることがあるので、パーティーとまではいかないが、いつもより少し豪華な料理とささやかなプレゼントを。
毎年このプレゼントに頭を悩ませる。恋人はお金が有り余るほど持っており、欲しいものなんて自分で買えてしまう。
プレゼントは俺なんて昔に一度だけやったことがあるが、思い出したら顔から火を吹いてしまうようなひどい思いをさせられた。その為、最近は普段使えそうで、怖しても気落ちしないそこまで高くないお手頃なものをあげるようにしている。
しかし、俺たちの仕事は常に人手不足で、その中でもかなり強い彼は常に引っ張りだこ。もしかしたら忘れている可能性も考慮しないといけないのが、少し物寂しい。
学校の仕事が終わり、もらった合鍵で勝手に部屋に入る。ケーキとスーパーで購入した食材たちを冷蔵庫に収めていく。大きい冷蔵庫の中はほぼ空いており、食生活が不安になる。俺が作り置きしても腐ってしまったら意味ないからな。
作るかと意気込んでいた時。誰かが俺の背中にのしかかってくる。
「学校は?」
「もう終わったよ」
俺をその無駄にでかい図体で抱き上げソファに腰を下ろすとぬいぐるみに抱きつくかのように俺を腕の中に閉じ込めたのは、この部屋の主。この時間にいるなんて珍しすぎてびっくりした。ゆるゆるのスウェット姿。
「今日休みだっけ?」
「休まされた」
「珍しい」
いつも大忙しの彼が平日に休みなんて珍しい。この業界はブラック企業も真っ青になる程ブラックなのに。珍しく休みだからとすることもなく昼寝でもしていたのか、少し眠気眼なのが少し愛らしい。
「俺、ご飯作らないと」
俺がそう言って腕から抜け出そうとするも、ガッチリと組まれた腕の中から抜け出すことはできなかった。
「後ででいいじゃん。先に僕でしょ?」
「その僕の為にご飯なんだけど」
「僕の為なら僕を優先させるでしょ」
流石、最強様。我儘だ。
その我儘を甘受してしまう俺も俺だろう。
俺はその腕の中で彼を椅子にするようにもたれかかった。
「で、何をお望み?」
「あだ名。昔みたいにプレゼントは俺ってやって」
「ぜっったい、ヤダ。あの日地獄見たから無理。後、俺もお前もアラサーよ?俺がやったら痛いだけでしょ」
「えー、全く男心分かってないなぁ」
俺も男なんだがという言葉はそっと飲み込んであげた。なんとか話を逸らそうと試みるも悉く失敗した。
にやにやとこうなることを予想していたのか楽しそうに笑っている。
「じゃあ、いいよね?」
「け、ケーキ!」
「は?」
「ケーキの賞味期限ないから、ケーキだけ食べよあ!…だめ?」
「…だめじゃない」
なんとか時間稼ぎに成功した。俺はするりと腕の中から抜け出し、冷蔵庫へ。取り出したケーキはワンホールのショートケーキ。
甘いものが好きな彼ならぺろりと食べれるだろうと思って買ってきた。
「さとるくん、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「コーヒー」
「はーい」
俺はコーヒーメーカーに粉と水を入れ、ボタンを押す。自分で淹れるよりも美味しくできるし、何より楽。
「まだぁ??」
「まだ」
手持ち無沙汰になったのか、こちらに寄ってきて、コーヒーが出来上がると自分でマグカップに注いでくれる。ミルクと砂糖は相変わらず多め。そろそろ糖尿病になるのではと不安になる。俺は嫌だな、最強と謳われた男の死因が甘いもの食べ過ぎによる糖尿病なんて。
砂糖がとけないのではないかというほど入れられたコーヒーを満足気にリビングのローテーブルにもっていく。
俺もケーキと買ったプレゼントを持って向かった。
俺は机にケーキとプレゼントを置き隣に座ると、あざとく両手でマグカップを持って呑んでる彼のひょこりと跳ねた寝癖を手で撫で付けた。撫でても治らない寝癖に思わず笑みが溢れる。
「癖強すぎ」
「結婚した」
俺がそう笑っていると、突然頭のネジが数本抜けたかのようなことを言い出した。
あの一件以来、彼と正式にお付き合いをし出すようになり本気で俺のことを嫁にする気でいたが日本の法律では結婚はできないし、養子縁組も五条家当主がそんなこともできない。所謂、事実婚のような半同棲状態なのだ。
それでも、俺の指にはシルバーリングが煌めいてるし、本当に身内だけの囁かな式も開いた。招待していないがどこから聞きつけたのかわからないが、俺たちのもう一人の同級生からもご祝儀と花束が式場に送られてきた。彼はかなり警戒していたが、特になんら変哲もなく本当にただの花束で思わず顔を見合わせたのは懐かしい思い出だ。
「ちゃんと式あげたの覚えてる?」
「僕が忘れるわけないでしょ」
「ならよかった」
ぐりぐりとこちらの肩口に頭を押し付けてくる。悲しいことに身長差はかなりあるのに、ソファに座れば大して変わらないのはきっと足の長さのせい。この足長おじさんめ。
俺は持っていたプレゼントを渡すと、嬉しそうに開ける。今年のプレゼントはマッサージ機。脚用のもなのだが、足の長い彼に合うのかどうか。
「使わないなら俺が使うから、無理しなくてもいいよ」
「ん、大丈夫。使うから」
「ならよかった」
俺はソファーの下に座り、蝋燭を二本さした。流石に29本刺すと火事になってしまうので、数字のもの。
「別に蝋燭はいいんじゃない??」
「なんで?蝋燭ないと誕生日ケーキにならないじゃん。…もしかして、年齢気にしてる?大丈夫だよ、アラフォーになる時も同じように祝ってあげるから」
俺はそう言いながら蝋燭に火をつける。そのまま立ち上がり、夕暮れの明かりが入っていたカーテンを閉め、部屋の電気を落とした。薄暗い部屋で、蝋燭の揺らめく明かりだけが部屋を灯す。
俺はありきたりな誕生日の歌を歌った。俺が歌い終わると、彼は少しの沈黙の後ふっと灯を消した。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう、じゃあ、プレゼントもう一個もらってもいいよね?」
「は?」
部屋の明かりをつける前に俺はプレゼントに包装されていた長いリボンで手首を留められる。器用に真ん中にリボンを作ってある。この薄暗い中でもきちんと見えるのは六眼のせいなのか、それとも彼の感覚が鋭いのか。
「まって、まだ、ケーキ食べてない!」
「蝋燭吹き消したんだから、いいでしょ?…それに僕、我慢の限界」
俺は軽々と持ち上げられ、ソファに座る彼の膝の上に座らされる。何が彼をそうさせたのか。俺には全く理解できない。
「…あだ名ちゃん、来年もお願いね?」
「頼まれなくても」
俺は結ばれたまま彼の首に手を回し、そっと触れるだけの口付けを落とした。
この日、地獄をみたのはいうまでもない。
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