あおにとける

 蝉が鳴き、熱を持ったアスファルトが太陽の日差しを浴びさらに暑さを増す。人で溢れかえる駅前は人の熱気でさらに暑さを増す。人混みをかき分け、お目当てのは場所へ。
 カフェの外を向くように設置されたカウンター席。ガラス張りのそこは外から丸見えで、周りには若い女の子たちがそこを眺めてひそひそと話し合っている。
 それもそうだろう。カウンター席に座っているのは、白銀の髪に空の色をとって溶かしたような鮮やかな青い瞳。顔立ちも整っており、ベイビーフェイスと呼ばれる甘い顔をしている。彼目当てでカフェに入った女の子たちも多く、彼の近くの席は埋まっている。誰も彼に声をかけずにいるのは彼が放つ独特の雰囲気のせいだからだろうか。
 相変わらず動物園のパンダみたいだと思いながら眺めていると眺めていると目があった。そいつは顎で俺を呼びながら、飲んでいたアイスコーヒーのストローを噛んだ。少し重い足取りで店内に入った。
 彼の元に行くと、その美しい瞳でこちらを見上げながら、「遅い」と少し唇を尖らせてながらそういった。



▽▲▽▲▽



 俺と彼が出逢ったのは、頬が凍りつくような冷たい風が吹く日。偶々、彼とその友人が俺のバイト先のカフェにやってきたことだった。
 やけに顔の良い男だな、女に困らなさそうで羨ましいなどと思いながらもいつも通り接客をして、いつも通りの日々。一つ違うのはやけに視線が痛いと言うことくらい。俺は何かしでかしたのだろうか。そんな不安もよぎるが、そんな記憶もなく小首を傾げる。
 その日はそれだけだった。
 だが、不思議なことに彼はその日からよくやってきた。そして、決まってカウンター席の一番奥に座る。いつもホットコーヒーをいっぱいだけ飲んで帰る。その間にその瞳で常に射抜かれていて、生きてる心地がしなかった。

 コーヒーに店長特製の甘ったるいクッキーのおまけをつけれる程にはその瞳に慣れてきた頃。会計の時にくしゃくしゃになった紙ナプキンをなにかを走り書きした俺に突き出してきた。

「やる。連絡しろ」

 その一言を添えて。その耳は少し赤く染まっており、彼は雑にお金を置いて足早にその後をさった。

「あ、ありがとうございました

 もらった紙ナプキンを恐る恐るみると、くしゃくしゃの紙ナプキンには不釣り合いな綺麗な字で書かれた電話番号とメールアドレス、そして名前が書かれてある。俺宛ではないのでは?と思ったが、この店には今は俺と店長しかいない。店長はバックヤードで寝こけている。
 俺は、少女漫画の主人公のように鈍感で愛らしいものではない。誰だって、あんな瞳で見られ続けたら嫌でも気がつく。
ーーなぜ、俺なのか。お前はよりどりみどりだろう。イケメンめ。
 などと心の中で悪態をついて平常心を装ってみるも段々と火照っていく顔を隠すようにカウンターの裏に座り込む。もらった紙ナプキンの文字をそっと撫でる。

「ごじょう、さとる」

 吐き出した言葉は熱に侵された雪のように消えた。

 俺たちの関係が進展したのはその時からだろう。少しずつ話す様になり、2人きりで遊びに行ったりする様になった。
 俺はその時、初めて五条のことを知る。年齢は俺と同じ。東京郊外の専門学校に通っていて、実習が多いってよく愚痴っていた。その後には決まって、「俺、天才だから、ヨユーだけど」と自慢気に話すのが少し愛らしい。
 人目のつかないところでそっと指を絡ませては、離す。それの繰り返し。その指と指が完全に絡まり合うことには俺たちは月に桜の花が照らされながら舞い散る中で唇を交わす。

「照れんな、バァカ」
「お前もな」

 まるで秘事の様にクスクスと笑い合い、何度も何度も繰り返す。何度も繰り返す中で、そっと俺の手に重みを感じると同時に耳元で少し上擦った声で囁かれる。

「ホテル、とってんだけど」

 月に照らされ、やけに鮮明に見えるその瞳に魅入れた。

「…行かねぇのかよ」

 バツの悪そうなその声に、思わず笑みが溢れる。

「行くに決まってんじゃん、バァカ」

 背伸びをして俺よりも頭一個分高いところにある頬に唇を押し付けた。得意気に笑うと顔を逸らされる。身体を預ける様にもたれ掛かると、腰を抱き寄せられる。ゆっくりと歩き出すも、その足取りは軽かった。
 俺たちはテレビドラマみたいなアクシデントも特になく。性別という壁をあっさりと超えていき、身も心も結ばれた。


 時を戻そう。


 今日の目的は最近公開されたハリウッド映画のシリーズ第二作目。海賊もので、今巷で話題の作品。たわいもない話をしながら、映画館へ足を進めていた。映画館まであと少しというところで、五条の足がぴたりと止まる。どうしたのかと疑問に思い、その視線の先に目をやる。映画館の入ってるビルの上。そっと眼を凝らす。何かがいる様な気がした。
 五条は何事もなかった様に足を進めて、映画館のあるビルに入る。俺も慌てて、それについて行った。エレベーターに乗って、上の階にある映画館へ。五条は「トイレ行ってるから、先チケット買っといて」と俺にやけに重い財布を渡して、足早にトイレへとむかった。そんなに漏れそうだったののかと不思議そうに首を傾げる。
 俺がチケットを買って、売店の列に並んでいたらすぐに戻ってきた。俺の肩に頭を乗せ、体重をかけてくる。さらさらと指通りのいい頭に触れる。

「どうした?」
「俺、ポップコーンとチュロス食べたい」
「ならポップコーン、塩とキャラメル半分半分のやつがいい」

 順番がきても店員さんは、五条の顔しか見ていなかったことだけはここに記録しておく。
 ほぼ満員のシアターの一番後ろの列。 2人でポップコーンを摘む。五条が持ってたチュロスは映画の予告編が始まってすぐにお腹の中に消えてった。反対側に持っている俺のチュロスに首を伸ばしてくる。
 ポップコーンもチュロスもほぼ全部五条のお腹の中に消えるころには既に物語も終盤。暗い映画館で、ハラハラする展開で汗ばんだ手を大きい手が包む。ゆるゆると絡ませ、映画が終わるまで互いの手を遊ばせた。

 映画が終わると2人で映画の感想を言い合いながらたわいもない話をして、ご飯を食べて、別れて帰路につく。五条は寮生活で、俺は実家暮らし。大体いつも駅で分かれる。乗る電車が違うから仕方がないのだけれど、少し物寂しい。女々しく服の裾を掴んで引き止めようとする手は宙をかいた。

 ぼんやりと電車に揺られる。俺の最寄り駅まであと少し。
 気がつくと、周りは真っ暗で、乗り過ごしたかと慌てて起き上がる。誰かの悲鳴が木霊する。俺の車両にいた人たちは怯えた様に震えている。彼らが眼を離すことができない視線の先には、黒く奇妙なバケモノ。
 大きく肥大化した腕で人間を掴み。頭からスナック菓子の様に頬張った。まるであそこだけが、B級映画のワンシーンのようでリアリティにかけていた。
 此処がどこなのかもわからない。どうして、此処にいるのかもわからない。俺はたしかに家に帰る途中だった。
 バケモノがその腕を伸ばし、俺の隣にいた人を攫う。頬に亀裂が入り、血が垂れた。
ーーあぁ、アレを殺さないと帰れないのか。
 漠然とその事実だけが頭をよぎった。割れた窓ガラスの破片を触れながら、殺せるのかと高揚する自分がいた。
 目が碧く、虹の様に、虹彩が変化する。
 バケモノがこちらにやってくる。
 次は俺たちの番。その気持ち悪い腕が俺の首を掠め、俺がガラス片を掴み、その刃で線をなぞろうとした。
 しかし、それは背後からの爆音でかき消された。俺がなぞる直前にその化け物は吹っ飛んだ。跡形もなく。
 冷たい風が俺の身体を冷やす。目が元に戻る感覚を感じた。

「恋人とデートの時に呼び出すんじゃねぇよ」
「お前が一番焦ってたのに、なにカッコつけてるんだよ」
「うっせぇ」

 聞き覚えのある声だった。何度も何度も聞いたことのある声。後ろを振り向くと、先程まで隣にいた銀色が立っていた。

「さとる…?なに、してんの??」
「助けに来たんだよ、ちょっと目瞑ってろ」

 気がつくと俺の後ろにいた彼は、俺を抱き寄せると自分の胸元に俺の顔を押し付けた。物の数秒で、終わったそれはあっという間の出来事。

「ケガは?」
「…大丈夫」
「嘘ついてんじゃねぇよ」

 俺の頬にそっと触れて血を拭う。そして、ガラス片を持っていた手をそっと緩めさせられぱりんと小気味の良い音共に砕け散った。とくりとくりと指を赤が伝う。
 手のひらに綺麗なハンカチを巻きつけ止血までしてもらっていると、後ろの黒い人がやけに面白うそうな顔でこちらを見ていた。俺が不思議そうにしていると、五条も気が付いたのか、べぇっと舌を出しあっちにいけと手で追いやっていた。
 ちょっと羨ましいと思ったのは秘密。

 五条と手を繋ぎながら、のんびりといつもより重い足取りで歩いていた。周りも暗く、いつもより音がない。俺も五条も言葉を介さなかった。

「…なんできたか、聞いてもいい?」
「おう」

 近くの公園のブランコに腰をかけると五条はゆっくりと話してくれた。自分は呪術師だということ。今日出会った呪霊と呼ばれる化け物のこと。家のこと。
 彼が話し終わった時には、ギィギィと鳴るブランコの音だけが静かな公園に響いた。

「そっかぁ」
「それだけ?なんかもっということあんだろ?」
「うーん、特にないかなぁ」
「変なやつ」
「それに惚れたお前ももっと、変なやつ」
「ケッ」

 ブランコの上に立ち上がり、ゆっくりと揺らす。普段は見れないツムジを見下げた。

「なぁ」
「なに?」
「…お前のことも話せよ」
「…なにを?」
 誤魔化す様に漕ぐブランコに勢いをつける。
「…目、光ってたろ」
「…見てたんだ」
「あぁ」
「そっかぁ」

 ブランコに乗ったまま夜を照らす星々を見上げる。やけに真剣な声色と、その瞳。誤魔化すのを許さないと言われている様な気分になる。
 バレたなら仕方がないかなと思い、口を開いた。
 俺の目は特殊な瞳で、一部界隈では魔眼などと呼ばれている。俺の瞳は【モノの死】を形のある視覚情報で観て、捉えることができる。直死の魔眼と呼ばれる代物。
 子どもの頃、俺は、一度死んだ。正確には死にかけた。交通事故で、意識不明の重体。1ヶ月も眠ったままで、一生起きることのない植物状態と判断され、生命維持装置を抜かれる直前で蘇ったのだ。
 俺は死という概念を経験したことによって得た。中には常に見えているスゴい人もいるみたいだけど、俺には見ようとしないと見えないモノなのが幸いして気が狂ったりとか、狂気に走ったりなどといったことにはならなかったのが、よかったと思う。
 でも、ごく稀にあるのだ。死の匂いに、気分が高揚してしまうことが。殺さないと戻れないという異常性に高まることが。だから、アレを殺そうとしていた。誰かが言っていた。この眼を持つものは殺人鬼の気質があるのだと。
 そうは言っても俺がこの眼を使って殺したのは両手に足りるほど。五条みたくこれを仕事にできるものではなかった。
 つい口を滑らせて俺の全てを話してしまった時、後悔しかなかった。今すぐこの場から逃げ出したい。何を話しているんだ俺は。
 空気が冷たかった。空がやけに暗く感じる。あれほどうるさくギィギィなっていたブランコも今は嘘の様の静かだ。
 俺はブランコから飛び降り、わかれを告げようと口を開こうとした時。後ろから思い切り抱きつかれた。自分よりも重い質量が遠慮もなしにのしかかる。

「…俺たちお揃いだな」
「は?」

 自分の口からは随分と素っ頓狂な声が出た。

「だって、俺の眼も名前の眼も滅多にない代物なんだろ?なら、お揃いじゃん」
「あははっ、なにそれ?バッカじゃねぇの!」

 思わず、笑ってしまった。そんなことを言われたのは初めてで、心が喜んでいる。俺は身体を反転させ、五条に抱きつく。

「…まぁ、でも、俺も、悟とお揃いで嬉しいよ」
「おぅ」

 月夜の中、俺は背伸びをして悟の唇にそっと口付けをした。
 この赤く染まった顔を隠してもらえると信じて。

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