- ナノ -

 夜の砂漠はとても肌寒い。雲一つない漆黒の空では、星達が鮮明に瞬いている。
 そんな夜空の下で暮らす私達は、思い思いの時間を過ごしていた。例えば、ブラウン管のテレビの中のUFOガールズは一定の動きを延々と繰り返しているだけなのに、転がるように笑うケダモノ。そしてその姿を横目で見ながら、がたがたと寒さに震える私。環境に適応できない私の方がおかしいのだ、この世界では。

 ふう、と深い息を一つ吐く。
 派手な色をしたサーカステントに寄りかかるようにしゃがみこみ、焚き火で暖をとっていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。

「……ポピー、どうしたの」

 ウサギの着ぐるみを身にまとった彼は不機嫌そうな表情を浮かべて、私に手を差し出した。何の気なしに彼の手を取った私を体ごと引っぱると、もう片方の手でサーカスの出口を指差している。
 引っぱられた痛みに対する抗議も忘れて、私は尋ねた。

「こんな時間に、お出かけ?」

 意地悪く笑みを浮かべて、彼は頷いた。

◇◇◇

 サーカスの囲みから出た私は、ポピーに手を引かれて走り続ける。私達の生活拠点は元々、キャラバンも見当たらない死の砂漠だ。私とポピーの砂を踏みしめる音が、ただ一つだけの生きている証明だった。
 月は神秘的なほどに真っ青で、今にも私達の元へ落ちてきそうだった。ポピーのお父さん―パピィの暴走で太陽が文字通り落ちてきたこともあったけれど、その出来事は全くロマンチックじゃなかったし、ノーカウントとしたい。

 そんなとりとめのないことを考えてどのくらい走っただろうか、ポピーは急に走るのを止めた。後ろで息切れしている私とは裏腹に、彼はばかにしたように鼻息を鳴らして、親指でくい、と一方向を指し示した。

 そこには水晶のような形をした半透明の花が、月の光を通して淡く光っていた。

 青く冷たい月の下で輝く花達は、まるで幻想的な一枚絵のようだった。こんなディストピアな世界で、これ程まで美しいものが見られるなんて。
 空気は凍えるほどつらかったけれど、体の内側が温かい気持ちに染まっていくのがわかった。いきなりこの世界に飛ばされた私を、もし彼なりに気遣ってくれたのだとしたら、伝えなければいけない言葉があった。自分の手を彼の手の上に重ねて、内緒話のように耳打ちした。

「ありがとう、ポピー」

 彼は驚いたように目を瞬かせたけれど、手を振り払う様子もなく、そのまま花を見つめ続けていた。元の世界に戻ることを渇望していたけれど、今だけは、この時間が永遠に続けばいいのにと願った。