- ナノ -



なまえの父は法律事務所所長という職業柄、法曹関係者との繋がりを何より大切にしていた。仕事を円滑に進めるため、今日のように懇親会が開かれることもしばしばだ。
尊敬する父の後継者を目指すなまえも、客人に挨拶をして回ったり、時には歓談したりと、自分にできることをいつも通りこなしていた。

「なまえ、こっちにおいで。紹介したい人がいるんだ」

手招きをしている父親を見かけたなまえは、会話を適度なところで切り上げて合流した。父と今まで談笑していたと思われる男性と視線がかち合い、なまえは慌てて挨拶した。

「初めまして、なまえと申します」
「こんばんは、なまえくん。お父さんからキミの話は聞いているよ。家族2人で頑張っているようだね」

そう言って手を差し出した人物は、背筋が思わず伸びてしまうような威圧感を放っていた。社会勉強のためと父に連れられて行った検事局で、何度か姿を見かけたことがある男性だったが、懇親会という私的な場で見かけるのは初めてだった。

「僕は一柳万才という。以後宜しく頼むよ」
「はい! こちらこそ宜しくお願いします!」
「はは、元気いいねえ……」

先程の印象とのギャップが強い。なまえは拍子抜けした。とても穏やかな人柄で、自分の職業や家族について気さくに話してくれた。時々父親の顔が引きつっていたのは、彼の一面を意外に思ったからかもしれない。

「息子さんも一柳さんと同じく、検事を目指してるんですか?」
「一応ね。バカなりに受験勉強してるからさ、なかなか構ってくれなくてねえ……なまえくん、ウチの子にならないかい?」

一柳は涙を堪えつつ、マティーニを一気に飲み干した。度数の高い酒にもかかわらず、全く顔色が変わらないことを羨ましく思う一方で、冗談としか思えない発言にどう反応すべきか推し量っていると、なまえの父が先に口を開いた。

「……い、一柳くん、もういいだろう?」
「うん、うん。でもそれは、キミが決めることじゃないんだよねえ」

何故だか、ピリッとした空気が2人の周りに漂う。父とこの男の間に何か因縁めいたものを感じたなまえは、一柳のグラスが空になっていたのを思い出し、機転を利かせて声を張り上げた。

「一柳さん、飲み物のお代わりは何がいいですか?」
「! あ、ああ……そうだね。じゃ、口直しにダイキリでももらおうかな」
「わかりました! すぐオーダーしますね!」
「悪いね、なまえくん。……いや、気分が変わるかもしれないから、僕も一緒に行くよ」

幸か不幸か、彼と父を切り離すことができたのでなまえは内心ほっとした。一柳が先導してバーカウンターへ向かって行ったので、なまえはちらりと後ろを見る。
申し訳なさそうな父の表情に胸の奥がちりちりとしたが、大丈夫だと顔を縦に振ってみせて、なまえも一柳の背中を追った。心なしか父の顔が青ざめていたのは、気のせいだと思うようにした。