- ナノ -

 私も御剣さんに撮ってもらったあと、邪魔にならないように列から外れることにした。
 御剣さんはいつもテレビでカツヤクを拝見していますとか、トノサマンに色々と話していた気がする。私は対照的に、舞い上がってしまってろくな話ができなかった。好きな食べ物を今更聞いてしまったし。いいなあ、御剣さん。

「写真、バッチリ撮れました。ありがとうございます」
「それはこちらのセリフだ。深く感謝する。ところで、もし君がよければこの後……」
「ミ、ミツルギィ!!」

 突然の大きな声に、思わず視線を声がした方へ向ける。そこに立っていたのは御剣さんと同じくらいの身長の男性で、涙を堪えた目で彼を見つめていた。

「み、御剣さんのお知り合いですか?」
「フ……私の記憶に、こんなヤツは存在しない」
「オイオイ、そりゃねえだろ! 小学校からの親友だってのによォ! お前ときたら! このヤロウ!」

 御剣さんの顔色を窺うと、男性が何か発言する度に苦虫を噛み潰したような表情になってしまっていた。

「お前、な、な、なんでこんな可愛い子と……一緒にいるんだよおおおおお!」
「余程痛い目に遭いたいようだな、矢張。今後お前が何かの事件に巻き込まれても、私は一切関知しないからなッ!」
「おォン……な、なあ、アンタからも何か言ってくれよ!」
「えっ」
「彼女を巻き込むな、矢張!」

 周囲の注目が集まり始めたので、とりあえず外に出ましょうと慌てて二人の背中を押した。

「何つうか、キグウだよなあ! お前とこんな所で会うなんてさ」

 てへぺろ、という表現が一番的確な表情で、矢張さんという人は朗らかに笑った。対照的に御剣さんは眉間のシワがより深くなってしまったので、私から矢張さんに話しかけた。

「矢張さんも、トノサマン握手会に?」
「ん? ああ。昨日からここの警備員として働き始めてさ、今もキンベンに仕事中ってワケよ。でも一番はモチロンなまえちゃん、君に会うためだぜ!」
「気安く呼ぶな、彼女の名を!」
「な、なんで怒ってるんだよお! 御剣がナンパしてたこと、成歩堂にチクってやるからな! 俺が被告人だあ!」
「……証人と間違えているぞ、矢張」
「あれ? そうだっけ? ……ヤ、ヤベエ! もうすぐ場所交代の時間じゃねえか! サブリーダーにヤキ入れられちまう! じゃあなまえちゃん、また今度な! あと御剣も」
「私はついでの存在なのか?」

 親指をビシッと突き立てたあと、矢張さんの姿はあっという間に見えなくなる。嵐のようなひと時だった。

「……なまえくん、騒がしいヤツが場を中断してすまなかった。私が代わりに謝罪しよう」
「すみません、御剣さん。私はそろそろこの辺で……」
「ま、待ちたまえ! ……その、写真の話がまだではなかったか」
「……あっ! そうでした! すみません、気がつかなくて。えーと……次のイベントで写真をお渡しするのと、データでお送りする方法、どっちが良いですか?」

 御剣さんは少し考えるような仕草を見せた後、真っ直ぐな目で私に答えた。

「差し支えなければ、メールアドレスを教えてもらえないだろうか? 現像は手間をかけさせてしまうだろうからな」
「そしたら、私の名刺にアドレス書いてあるので、よかったら貰ってください。このアドレスから送るので」
「! う、うム。心遣い痛み入る。……これが私の名刺だ。手間をかけさせてしまうが、ここに記載されているアドレスに送ってもらえるだろうか」
「わかりました! 早速家のパソコンに取り込むので、今日は帰ります。お疲れ様でした」
「……ああ。また会おう、必ず」

 御剣さんに手を振って、笑顔でさよならした。いつも一人ぼっちでの参戦だったから、ファンの人と沢山話せて嬉しかったなあ。また御剣さんに会えるといいな。
 私は温かい気持ちで帰路に着いた。