- ナノ -


 私、みょうじなまえは熱烈なトノサマンファンだ。
 アニメは全シリーズ視聴済だし、DVDも初回盤と通常盤の両方を持っている。グッズは愛でる用と保管用で2セットずつ揃えているし、今回みたいに直接会って話せる握手会なんてものがあった日には血で血を洗う参加券争いに打ち勝つために作戦を立てたり……まではやらないけれど(抽選だから)、とにかくポストの中に握手会当選のハガキを発見した時の私は最高に有頂天だった。ここ数年はイベントがある日に限って、仕事や出張のせいで行けていなかったから喜びもひとしおだ。
 しかも大本命のトノサマンと一緒に写真が撮れるなんて、ほんと、生きててよかったなあ!

「い、行きづらい……」

 握手会当日。トノサマンの周りには既にちびっこ達がサインや写真撮影をお願いするために群れをなしていて、スタッフのお姉さんが場内整理を始めようとしている。参加者の年齢層が一回り以上違うことを、すっかり忘れていた。
 トノサマンの人気ぶりは嬉しいけれど、流石にあの中を猪突猛進する勇気を持ち合わせていない私は、遠巻きに眺めることしかできなかった。

「はみちゃん! サイン貰おうサイン!」
「はい! 真宵さまっ!」

 中には高校生くらいの女の子もいたけれど、目をキラキラさせて本当に嬉しそうで、この場にいることへの違和感がまるでない。

 場内整理が始まるまで待ってから列に並ぼうかなあ、なんて考えながら会場内をキョロキョロ見回していると、一人で来ていると思わしき男性が視界に入った。眉間に皺を寄せていて不機嫌そうなオーラを出しているけれど、スーツのポケットからは限定トノサマンのキーホルダーがぶら下がっていて、間違いなくこの人もトノサマンが好きなんだな、と頬が緩んだ。そろそろと彼に近づく。

「あの、すみません」
「ム……なんだろうか」

 いきなり見知らぬ人間に話しかけられたからか、彼はかなり警戒しているようだった。

「貴方は、トノサマンと写真を撮らないんですか?」
「……それは君もだろう。まあ、私も同じ理由で足踏みをしているわけだが、な」

 フ、と自嘲気味に笑う彼に、一か八かで今回話しかけた目的を伝えた。

「多分これから、場内整理が始まると思うんです。でもスタッフの数的にそっちで手一杯になってしまうので、撮影をお願いできるかまでは……もしよかったら、貴方とトノサマンの2ショットを撮るので、一緒に並びませんか」
「! ゼヒお願いしたい。つまり君の番の時に、私が君とトノサマンの記念写真を撮れば良いのだな?」
「お願いします!!」

 察しが良くて助かる。そしてトノサマンの話題になった途端、彼の目の輝きが10パーセントアップしたような気がした。やっぱりトノサマンは偉大だ。


 予想通り、スタッフから列形成の指示があったので、並んでいる間にお互い簡単な自己紹介をした。トノサマンに会えるまではしばらく時間がかかりそうだ。

「トノサマン、今年もグランプリ獲りましたね!」
「うム。リアルタイムで見ていたが、今思い返してもこみ上げてくるものがある」
「忍者ナンジャもイイ線行ってたんですけどね。今度また映画化するみたいですし、来年も油断できないです」
「無論だ。トノサマンが負けることなどあり得ない!」

 先程の拒絶感が嘘のように、トノサマンの話になると熱の入った会話を交わしてもらえるまでになった。
 やっぱりトノサマンって凄いなあ。人情に厚いし、強くてかっこいいし、全くもって非の打ち所がない。もうすぐ彼に会えると思うと、あらためて心臓がどきどきする。

「ところで、君は数年前……映画試写会のイベントに来ていなかっただろうか」
「え! もちろん行きましたけど……でも、どうしてわかったんですか?」
「いや、その、……君が今持っているカメラのストラップが、その証拠だ」

 カメラに括り付けていたトノサマンストラップは、たしかに当時の試写会で来場者に限定配布されていたものだった。

「御剣さん、かなりスルドイですね。同じファンとして嬉しいです」
「むう……それなら、良かった」
「あ、次は私達の番ですよ!」

 話に夢中になっていたら、すぐ近くに憧れの彼―トノサマンが迫っているのに気付くのが遅れてしまった。無駄のないフォルムがニクたらしいくらい魅力的だ。

「なまえくん、大変厚かましいのだが、その…………君のカメラで私とトノサマンを撮ってもらえないだろうか。私の携帯だと、あまり画質が良くなくてな」
「モチロン大丈夫ですよ。カッコよく撮りますね! ほら、お先にどうぞ」

 トノサマンが手招きしたのを見た御剣さんは私に頷いた後、しっかりとした足取りで歩いていった。トノサマンに肩を組まれた彼は満更でもない表情をしていて、素敵な写真が撮れそうだと思った。

「御剣さん、もうちょっと笑ってください」
「ム、……善処する」