- ナノ -


「僕が怖いかい」

目が醒めるたびに、決まって彼は同じ質問をいつも繰り返すから、いつもわたしはこう答えるの。
いいえ、ちっとも怖くないわ。だってあなたは地球を救った英雄だもの。
その尊いお身体を犠牲にしてまで、あの"血のおおみそか"を救ってくださったのだから!それよりも、わたしみたいな普通の人間が、どうしてあなたのお傍にいられるのか全然わからないの、と。

「君は僕に選ばれた特別な人間なんだ」
「それは、君がここに来る前から決まっていたことなんだ」
「ずっと僕の隣にいれば、それでいい」

ほら、と手渡されたグラスにはわたしの大好きな飲みものが注がれていた。
いままで飲んだどんなものよりも美味しくて、とっても甘いもの。
待ちきれなくてすぐにぜんぶ飲み干したわたしを見ると、あなたは優しくわらってわたしにくちづけて、ゆっくりわたしをあたたかい手でなでてくれるの。
あなたはなんて優しいひと、わたしはあなたがだいすきよ、ああ……

◇◇◇

「……眠ったかな」

なまえが規則正しい寝息を立てているのを確認して、服部は口の端を上げた。
やっと、やっと手に入った。どんなに望んでも、どんなに足掻いても決して手に入れられなかった彼女。

彼女は僕以外を見てはいけない。
彼女は僕以外に触れてはいけない。
彼女は僕以外に穢されてはならない。
彼女は僕以外に自分の存在価値を見出してはならない。

同級生に作らせたこの液体は思考力を奪う、依存性の強い薬の一種だ。
副作用として多少の退行と幻覚症状が見られるものの、使用を継続していれば徐々に収まっていくという。大量に投与すると意思を持たない人形になってしまう可能性があったため、その危険を考慮して、少しずつ少しずつ手間暇かけてなまえに投与していった。なまえを手籠めにした経過は多少乱暴なものの、最終的にはなまえ自身の意思で自分を愛してほしかった。
それは言い換えれば僕自身の意思だ。そのために払う損失はやむを得ないもののように思えたし、そうしてでも、

ずっと彼女に見てほしかった。
ずっと彼女に触れたかった。
ずっと彼女を穢したかった。
ずっと彼女を手に入れたかった。

この地位に上り詰めるだけでも相当な時間が掛かってしまった。男はふう、と息を漏らした。
後はよげんの書の通りに計画を実行して、僕の望む未来を実現すればいい。これからは彼女は僕の側にいる。きっと上手くいくはずだ。
服部はなまえの髪を指で弄びながら、美しいネオンを彩るビル群を眺めた。

彼女を日常から切り取ったその日から、世界は意外にも色鮮やかだったことに気がついた。