- ナノ -



「それでは、審理を再開します。今回の争点は、"被告人に毒を入れるチャンスがあったかどうか"についてです。まず始めに、検事側の見解をお願いします」
「オーケイ。それについては、事件当日の被害者の行動を確認する必要があるだろうね」

軽やかな運指でギターを掻き鳴らしながら、牙琉は言葉を続けた。

「事件が起きる少し前まで、被害者は事件関係者を訴えるため、事件現場と同じビルの貸会議室で弁護士と打ち合わせしていたようだ。それで、その弁護士というのが……」

調書を滑らかに読み上げていた牙琉は息を呑み、一瞬言葉に詰まった。

「どうかしましたかな、牙琉検事?」
「あ、ああ……シツレイ。打ち合わせをしていた弁護士というのが、ぼくたちの目の前にいる―おデコくんだったみたいだよ」
「なんと!そうだったのですか?」

そんな話は寝耳に水だった。
唖然としたなまえは弁護席に視線を向けたが、王泥喜は顔色一つ変えずに反駁した。

「個人的な知り合いだったので話を伺っただけです。聞けば聞くほど嫌がらせ目的としか考えられなかったので、上司了承の上で近日中に断りの電話を入れるつもりでした」
「ははあ……まあ、そうでしょうな。そのような依頼を受けるのは、悪徳弁護士くらいのものでしょう」
「な、なんでそこでオレを見るんですか!本当に断るつもりだったんですってば!」

裁判官に疑わしげな目を向けられた王泥喜は、冷や汗を垂らしながら弁解した。傍聴席からクスクスと、笑いがさざ波のように広がる。

「そ、そんな事より!被害者の体内から検出された毒は、当然何かを経由して摂取したということになりますよね。被害者が口をつけたカップから、毒は検出されたんですか?」
「……」
「……え?ま、まさか……」
「……検出は、されていない。被告人が痕跡を拭き取って捜査をカクランしたんだろうね」
「異議あり!事件現場は昼下がりのカフェです。人の出入りは少ないにしろ、それなりに人の目はあったはずです。ましてや被害者の隣でそんなことをしていたら、絶対に目立つでしょう!」
「そ、それは…………」

拳をぎりぎりと握りしめる牙琉をよそに、王泥喜は裁判長に畳み掛けていく。

「裁判長、弁護側は1つの可能性を提示したいと思います」
「……ほう、それは?」
「ここまでの話をまとめてみましょう。まず、被害者の体内からは毒が検出された。しかし、口をつけたカップからは検出されなかったことから、毒は別の場所で盛られ、カフェで発症した可能性が高いと考えています」
「!……しかし、そうなると今までの前提が覆りますな」

王泥喜は静かに頷いた。

「ええ、そうなんです。検察側は、被告人がカフェで被害者から毒薬を盗んだ上で犯行に及んだと主張しているため、今回提示する可能性とは相反するものになります」
「…………」
「もし毒を盛られた場所がカフェでないのならば、被害者自身が毒薬を管理していた以上、被告人が盗むチャンスはありません。それでは誰が毒を盛ったのか―考えられる可能性は1つしかない。被害者が自分自身に毒を盛ったのですッ!」