- ナノ -



王泥喜はしばらく腕組みをしながら考え込んだあと、はっと閃いたように鋭く指を検事席に突きつけた。

「異議ありッ!!証人の証言は、この証拠品とムジュンしています!」

「……どうかしたかい、おデコくん」
「牙琉検事、あなたのロジックは筋が通らないんですよ。被害者から検出された毒薬、アトロキニーネの特性を見れば一目瞭然です」
「ほう。特性、というと?」
「……はい。"服用から15分経たないと効果が現れない"とあります。つまり被告人がその場で盗んだ毒を入れたとしても、その毒が回るのに最低15分はかかる。『座って数分後』のタイミングで、被害者が急に苦しみ出すはずがない!どうですか、証人ッ!」
「きゃああああっ!」

ゆめみの持っている銀色の盆に、ぴしりと亀裂が入る。

「待った!イイかい、おデコくん。カフェに入る以前に被告人が被害者と接触して、毒を盛った可能性もあるだろう?」
「いいえ、その手には乗りません!その主張が通るなら、被告人以外にも犯行のチャンスがあったはずでしょうッ!」
「ぐ、うっ……」

珍しく声を詰まらせる牙琉に、王泥喜は得意気に腕を組んで対峙する。裁判長は目を瞬かせつつも、騒然とする法廷に木槌を下ろし、静粛にするよう促した。

「むう……確かに、被告人以外にも犯行は十分可能なように思えます。牙琉検事、いかがですか?」
「フッ、それじゃ聞くけどさ。被告人のカバンに入っていた薬瓶についてはどう説明するつもりだい?」
「ぐ、偶然ですッ!!」
「……」
「……」
「…………」

「べ、弁護人!この気まずい空気を何とかしなさい!」
「い、いや、そうとしか言いようが」
「……やれやれ。おデコくんに任せてはおけないね。ところで証人、被害者はずっと一人だったのかな?」

牙琉は前髪をかき上げながら、証言台で縮こまるゆめみに尋ねた。

「た、たしか……そうだったと思いますけどぉ……ランチライムのピークは過ぎていたので、人の出入りはそんなにありませんでしたし……うぅ……」

ゆめみの発言になまえも頷いた。当時の状況は、なまえの記憶とも一致している。更にそれを裏付けるように、王泥喜が補足した。

「事件現場の写真にも、水を入れるコップが1つしかありません。確かに一人でカフェにいたみたいですね」
「それじゃあ、次は被害者の事件前の行動について審理しよう。毒を入れるチャンスが被告人にいつあったのかを、ね」
「ううむ、マッタクその通りです。ではここで、20分間の休憩を挟みたいと思います。一旦休廷!」

◇◇◇

【某時刻 被告人第3控え室】

「……なまえさん、ずっと耳元を触ってましたね。緊張してました?」

王泥喜はなまえの顔を覗き込んで、ふ、と微笑んだ。

「え、嘘、また無意識でやっちゃってた……落ち着かなくてごめんね」
「い、いやいや!女性らしくて良いなって……そ、それに、さっき大声を出したとき、なまえさんびっくりしてましたよね。驚かせちゃってスミマセンでした」

両手を合わせながら謝る王泥喜に、なまえは呆気にとられた。そんなことをまだ気にしていたとは、律儀というか何というか。なまえにとっては次の審理こそが要であると考えていたので、今の限られた時間をいかに有効に使うかが大事だと思った。

「う、うん……別に気にしないで。それより、これから大丈夫?何か手伝えることない?」
「大丈夫ですッ!なまえさんは泥船に乗ったつもりでいてください!」
「なんかランクダウンしてない?」

王泥喜は相も変わらず朗らかに笑っていて、なまえは少しだけ不安を覚えた。裁判前日までの王泥喜の対応は非の打ち所がなかったので安心して任せていたのだが、有利ではないこの状況で何故そんなに余裕があるのか疑問に思ったからだ。

「……もしかして、信じてもらえないんですか?オレのこと」
「ううん、そんなことないよ。王泥喜くんのことは、ちゃんと信じてるから」

すう、と暗い影を落とした男の目に、なまえは慌てて否定した。
この人は私を、最後まで信じ抜いてくれるつもりで弁護を引き受けてくれた。それならば、私も同じようにこの人を信じ抜かねば失礼ではないか。なまえは自分自身を恥じた。

「弁護人!そろそろ休憩時間が終わります。被告人とともに、至急法廷に戻ってください!」

法廷係官の一声で我に返ったのか、王泥喜はきらきらとした大きな瞳で、なまえに再び微笑みかけた。

「行きましょう、なまえさん。次で決着をつけます。もう不安にさせませんから!」