白昼夢 「あのさ……、ごめんな」 それは見舞いに行った日のこと。アイツは空を見つめたままぽつりと呟いた。 新学期が始まってしばらく経った時だ。 突如病魔がハートを襲った。 筋肉の病気らしく、これと言った治療法は無い。効果があると考えられる治療を続けていき、いずれは完治させる。 そういう方法を取るしかなかった。 完治なんて、希望にすぎない。 けれど、願わずにはいられなかった。 「お前は今まで、何度も乗り越えてきたから…、今回も大丈夫だ」 そんな言葉しか言えなかった。何を言えば分からなかった。 「………うん」 目を細め、微笑む。 俺にとって、ハートを失うことは考えられない。細いその肩を引き寄せる。 その時気づいたんだ。 伏せるその眼に、涙が滲んでいたことに…。 元々免疫力の弱いハートは、人の倍の早さで病気が進行していった。 五感には全く影響がないというのに、自由を奪われていく体。 既にもう歩くことが出来なくなっている。 今はまだ話すことはできるが、いずれはできなくなると聞いた。 「ソウル、あれ…取ってもらえるか?」 棚に置かれてある小さな木箱を指さす。 言われたとおりそれを手に取りハートへ手渡す。 「これ、ソウルにあげる。俺の宝箱」 「宝箱なら、お前が持っておくべきだろう?」 「ソウルに持っていてもらいたいんだ」 家に帰ってからその木箱を開ける。中には俺がハートの誕生日にあげたものが入っていた。 いつも何故か、お互い同じものを買ってしまい、よく笑いあっていたっけ…。 「ソウル、今病院から電話が入って…、ハートが…っ」 現実なのか…、これは。 顔にかけられた白い布、静かに横たわるやせ細った体。昼間はまだ…、どうして、なんで? 俺は、信じられなかった―――――……。 「………はっ!」 急に目が覚めた。全身に嫌な汗をかいている。 夢?今までのは、全部? 部屋を見回し、机の上を見た。そこに置かれている木箱。中身は夢で見たものと一緒。 ハートの部屋に行き、中に足を踏み入れる。ハートが入院する前と何一つ変わっていない。 現実…なのか、やっぱり…もう、ハートは。 頭の中はまだ整理できず、ごちゃごちゃのまま。 階段を踏み外さないよう、ゆっくりと降りていく。リビングから物音がする。 シルバーが起きているのか?いや、ヒビキかもしれない。 「あ、おはよう」 俺は目を疑った。今俺に声をかけたのはシルバーでもなく、ヒビキでもなく、死んだはずのハートだった。 「なんで……お前が?死んだはずじゃ…」 「勝手に殺すなよ…」 「だって俺、昨日の夜病院で見たんだぞっ!?」 確かに見た、夢でも、現実でも…! 「……ソウル、俺はここにいるぞ?」 そっと手を伸ばされ、触れた先から感じる温もりは本物で…。 夢でもいい、なんでもいい。失ったと思った大切な存在が…そこにあるのなら…! ハートを抱きしめ、鼓動を感じる。 死んでる…のか?いや、生きてる、生きているんだ。ハートはここに、いるんだ。 抱きしめてくるソウルの背に手を回し、気づかれないように…最期に撮った写真にそっと触れる。 空気に溶けるように消えていく写真。 『このまま、二人で生きて逝こう…この、白昼夢の中で』 back | next ← |