夢幻の壊音


※『夢幻の終わり』の前



「………」

カタカタ、カチッ
静まりかえった部屋に響くのは、無機質で不規則なパソコンの操作音だけ。ネットに繋がれたその画面には、新しい窓が出ては消え、消えては出てを繰り返す。
それはサイトの管理という少し変わったバイトで、今はもう日課だ。
手慣れた作業をしながら、ヒビキの意識は向かい部屋にいるだろう友人に向いていた。

「……?」

その"友人"の部屋から何か物音がして、数秒ヒビキの手が止まる。
しかし、すぐにカーソルの矢印が再び画面を飛び始めた。
恋する乙女っていうのはこうなるのかな。よくわからないけど。
ヒビキは画面に映る自分へ苦笑いした。

初めは壊してやりたかったのに。
あまりに純粋なソウルを目の前で壊してみたくて、僕は近づいたんだ。
でもどう壊すか迷っているうちにクリスの大切な人になって、踏みとどまって、そうしているうちに気付いた。僕自身がもう、壊したくなくなっていたことに。
壊したい気持ちより、近くで支えたい気持ちの方が強くなっていた。
きっと僕の中に、ソウルに対するそういう気持ちはずっとあったんだろうと思う。初めてのことだから、名前を知らなかっただけで。
だから弱虫な僕だけど、逃げずに正直になってみようと思った。
…思っていた。



――けれど、今朝。


「昨日はすごい寝言だったな」

シルバーさんのそんな言葉で、うっすらハートの頬が赤くなったのをヒビキは見逃さなかった。一瞬、ソウルの方を見たことも。
少し不自然なくらい慌てるハートを見て、なんとなく感じていた通り、あの二人は兄弟という以上の関係があるのだろうとヒビキは確信した。



『   』

いい加減パソコン画面を見るのが辛くなって体勢を変えた拍子に、肘でスペースキーを押してしまった。
考えてながらしていたバイトの作業は、すでにほとんど終わっている。

だとしたら僕に勝ち目はない。
ソウルとハートが、互いに依存し合っている双子だということはわかっているから。
それにもし僕がソウルを手に入れたとして、僕の前で僕の好きなソウルは消えてしまうんだろう。

『』

間違えたスペースを削除して、ヒビキは普段よりずっと時間をかけて文字を打ち込み始めた。

でもソウルへの想いだけはもう強くなりすぎていて、そんな想像では気持ちを消せなかった。
僕は臆病者のくせに、目で事実を見なければ納得できないらしい。
こんなことも初めてだけど。

『――』

いつも使っている大手サーバーの検索窓に打ち込んだ、その見慣れない短い単語を変換する。

きっともう戻れない。
強引なやり方に罪悪感も恐怖もあるけど、でもそれ以上に、この気持ちを放っておく方が僕にとっては怖くて仕方ないことだった。



僕が壊れないように、僕の気持ちを壊す。

カチカチとマウスの音が響くたびに着々と、どこか矛盾した、しかしヒビキにとっては慣れてしまった行為の準備は進んでいく。




夢幻の

("媚薬"の検索結果――)




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